アイパーリーゼントの男、現る
「うそ!? お江姐さん、今日はいつもと違うくない? その男だれ? 誰なの? 教えてよ!」
「ヤッシャセッ!!
…あ、お江姐さん! おはようございますッ!」
「!? ………ぅぅあぁぁ…お江さん…」
「お江ちゃんが男を連れてる!?
ちょいと皆! ちょっと大変だよ!」
「おめでとう! 遂に……よかった…涙が…」
町を歩けば次々と顔見知りと思われる人達が声を掛けてくるので、その度に足を止めて説明したりで一向に買い物が進まない。
皆が笑顔で自分の事のみたいに喜び、声を掛けてくれる。
これだけで、町の人達からどれだけ慕われる女性なのかが分かる思いだ。
「若旦那さんに買い物まで手伝ってもらって申し訳ないです。あの…皆、悪気がある訳では…」
「え、えぇ…大丈夫。分かってますよ」
それにしても、一体どれだけ知り合いがいるんだろうか?
全ての町の人と挨拶したのではと思っていたが、まだまだ人の列は途切れず、これでは埒が明かない。
「お江さん、こっちへ」
そう言うと大通りから細い路地へお江さんの手を取り、人目を避けるように駆け出す。
「あの……」
このままでは町中に妙な噂が広まってしまう。
路地を駆け抜けた先は人通りも少なく、かなり歩きやすい印象を受けた。
「その…すいません、アタシの知り合いが…。ご迷惑だったでしょう?」
少し走ったからだろう、お江さんは顔を紅潮させて謝罪の言葉を口にする。
「とんでもない。お江さんこそ俺なんかと噂になると困るんじゃないですか?」
「いえ…あの、その…」
言い淀む姿は遠慮がちな様子で、初めて会った時は気っ風の良さを感じたのだが、今は随分と違った印象を受ける。
意外と受け身な人なんだろうか?
話の糸口を掴めば会話も弾むと考えた俺は、お江さんの草履に注目すると僅かな綻びを見つけた。
「お江さん、草履が古くなってますね。
良い機会なので買い換えませんか?」
口ごもるお江さんの手を引き、近くの店を覗くと棚には豊富に女性用の物が並んでいる。
「色々ありますね、どうです?」
「え…あぁ、なんだか久しぶりです…。
でも折角なので一つ買おうかな…」
嬉しそうに草履を手に取って選ぶ様子から、少しずつ緊張の糸が解れていくのが分かり安心していると、お江さんの目が一点で止まっているのに気付いた。
手にしようか迷っていたのは、上品な淡い白色の台に紅白の織柄鼻緒の草履だ。
「すいません、これをください」
店員に声を掛けて即決で購入する。
驚いた顔でこっちを見るお江さんに草履をプレゼントすると、彼女は心配するほど紅潮してしまった。
「普段使いにも良さそうですね。
そろそろ宿のお使いに行きましょうか」
「……ひゃい」
本当に可愛らしい人だな。
それにしても…買う物多過ぎじゃね?
塩と酒と味噌と…醤油? 他には…。
本当にこんなに切らしているのか?
履き物を替えたお江さんはずっと足元ばかり見ている。
こんなにも喜んでくれると、買った方も自然と笑顔にさせてくれるんだな。
…どこかの鬼娘と烏天狗も見習ってくれ…。
叶いそうにない願いに頭を悩ませていると、人の疎らな通りのど真ん中で仁王立ちしている男に気づく。
そこに居たのは、漫画『ビー・バップ・ハイスクール』に登場しそうな風貌の男。
190cmを超える特攻服を着たヤンキーは俺を視界に捉えるや、お手本みたいなメンチを切って寄越す。
「おぉぉおん!? 手前ぇ……何処の國衆だぁ?
朝っぱらから舎弟が寝惚けたこたぁ言ってっと、シバき散らしよったんが……こぉもイチビリ倒した奴ぁ初めて見よっと!」
「………………途中から全然わからん。
お前、本当に日本人か?」
額にビッシリと青筋を立てたヤンキーは、フランスパンみたいに突き出たアイパーリーゼントを震わせ、今にも怒りを爆発させようとしていた。




