冴えない俺が和服未亡人と異世界デート!?
翌日、聞いた話では薬を服用したお藍さんは久しぶりにぐっすりと眠れたらしく、朝には見違えるように顔色が良くなっていたそうだ。
元の世界ではそこまで脅威ではなかった病も、ここでは多くの人の命を奪う致命的な物なのだろう。
その証拠にお江さんの夫や子供まで……。
自分が生まれた時代の科学進歩に感謝すると共に、改めて帰還の方法を考えなければならない。
両方の世界に共通する場所、伊勢神宮では何かの手掛かりが見つかるかと密かに期待したのだが…結果はゼロ。
帰還の目処は振り出しに戻った訳だ。
「そうそう上手くいくわきゃない…か。
予定通り、八兵衛さんの情報を集めよう。
初音、今から町に行く――あれ?
おーい、どこ行ったんだ?」
宿の仲居さんに初音を見掛けなかったか尋ねると、初音は一人で朝食を済ませた後、随分と慌てた様子でお鈴ちゃんと出掛けたらしく、それっきり姿を見ていないらしい。
「仕方ない奴だな!
まぁ、お鈴ちゃんがいるなら安心か」
いきなり予定が変わったけど、本来の目的を忘れたワケではないだろう。
俺も町で情報を集めようと思っていた所で、お江さんが声を掛けてくれた。
「若旦那さん、昨日はご無理を言ってしまい申し訳ありませんでした」
そう言うとこっちが恐縮してしまう位、改まった態度でお礼を述べられたので驚いてしまう。
「いやいや、そんな……。
困っている人は見過ごせませんよ。
お願いですから頭を上げてください」
懇願に近い形でやっと顔を上げてもらうと、お江さんが恥ずかしそうに目を伏せている事にようやく気付く。
「すいません、なんだか…ちょっと…」
「え、あ……あぁ…いや、俺の方こそ…」
2人の間に微妙な空気が流れ込み、じわじわと浸透するように包んでいく。
今日はまた一段と暑いな……。
こんなにも汗をかいたのは久しぶりな気がする。
お江さんは何かを言おうと口を動かすが、うまく言葉に出来ず下を向いてしまった。
不意に宿の奥から中居さん達の声が届く。
「ちょいと姐さん!
そんな所で油売ってないで、暇なら買い物でもしてきておくれよ! 丁度、塩と味噌と醤油と味醂と酒を切らしちゃってねぇ」
「え……あ、あいよ!」
反射的に返事をしてしまったのだろう。
お江さんはそのまま玄関を出ていってしまい、手持ち無沙汰になった俺はどうしようかと考えていたら、背後から刺すような視線を察知して思わず身がすくむ。
恐る恐る振り返ると、宿中の仲居さんが目で訴え掛けてきたのだ、『早く後を追え』と……。
「は…はいぃ! 喜んでッ!!」
玄関を出る時には笑顔で『ゆっくりしてきな』とか『男を魅せろ』などと言われ、最後に思い切り背中を張り手される始末。
…肩パンめっちゃ痛いです…。
宿から少し離れた所でお江さんに追いつき、荷物持ちを買って出るが『お客にそんな事はさせられない』と言って断られてしまった。
「お願いします。このままだと帰れないので荷物を持たせてください…」
もし一人で帰ってしまえば、仲居さん達から何を言われるか分かったものではない。
俺の熱意が伝わったのか、渋々といった感じで了承を取り付ける事に成功する。
「じゃあ…その、お願いしても?」
「任せてくださいよ!
ガンガン運ばせて頂きます!」
オイオイ…また予定が変わってきたぞ!
八兵衛さんの捜索をするつもりだったのに、どういうワケか異世界デートが始まってしまうのだった。