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異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp! 【 完結】  作者: ちゃりネコ
第二部 一章 この人数でもソロキャンと言いきる勇気編
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森田屋の姉妹

 森田屋の入り口は談笑する旅人と忙しそうに走り回る中居で溢れ返り、ちょっとした騒動みたいな印象を受けた。


「はははっ、いつもこんな感じさ!

 今から空いてる客室に案内するよ」


 お江さんが宿へ姿を見せると周囲の中居達は皆が笑顔を向けて、次々と陽気な声を掛けていく。


ねえさん! どこに行ったかと思えば、男を引っかけてくるなんてやるじゃないのさ!」

「おやおや、珍しい!

 それも若くて男前じゃないの」

「随分と丈立たけだちの良い男だねぇ。 

 その上、洋装だなんて流石だわ~」


 口々にはやし立てる中居達。

 それを耳にしたお江さんは意外にも顔を赤くしているのか、手拭いで口元を覆いながら急ぎ足で宿の階段を登り、手招きで俺を促す。

 階下からはなおも黄色い声があがり、次いで大きな笑い声が聞こえてくる。

 お江さんは額に光る玉の汗を拭い、豊かな胸に手を置いて呼吸を整えているように思えた。


「ごめんなさい、ウチの子達が…。

 その…気を悪くしないでね?」


「いえ、全然問題ないどころか、こんな綺麗な方と噂になれて光栄ですよ」


 我ながら見え透いた世辞だろうか?

 そう思ったがお江さんは背中を見せたまま、顔を伏せて肩を震わせてしまう。

 ヤバい…怒らせてしまったかも…?


「す、すいません。つい口が……」


 謝罪の言葉を口にして顔をのぞこうとすると、物凄い勢いで顔を逆方向へ向かれてしまった。

 あぁ……やっちまったよ、完全に怒らせてしまったようだ。

 どうしようかと考えていると、お江さんの顔には見覚えがある事に気付く。


「そういえば、昼間に妙薬を買って頂いたお客さんだったんですね。

 恥ずかしながら、いま気付きました」


 なんとかして話の糸口を掴もうとしたのだが、ずっと顔を背けたままで曖昧な返事をするばかり。

 そんな状況に耐えかねた俺は、意地になってお江さんと顔を合わそうと立ち位置を次々替えるが、その度にあっちこっちと外方そっぽを向かれてしまった。

 いよいよ深刻な事態なのかと思案していると、奥の座敷から小さい声でありながら糸を張るようにピンとした声が響く。


「どうか御無礼をお許しください。

 姉も女としての恥じらいがありますゆえ


 そこに居たのは酷く痩せてはいるものの、堂々とした態度でありながら真っ直ぐな瞳を持つ女性。

 何気ない所作からも気丈で強い意思を感じさせる雰囲気から、彼女が森田屋の女将おかみである事は容易に想像がついた。


「おらん! 休んでないと駄目じゃないか」


 現れた女性に駆け寄るお江さんの様子はそれまでと一変して、相手の体を気遣う優しさと、母親が我が子を叱る際の厳しさを備えた口調だ。


「ごめんね、皆が働いている中で休むのは逆に落ち着かなくて…。でも、お陰で珍しいものが見れたのよ?」


 そう言われたお江さんは怒ったような、困ったような表情で顔を紅潮させていく。

 姉のうぶな反応がよほど面白かったのか、おらんさんは口元を隠して嬉しそうな笑顔を見せている。

 立つ瀬がなくなり限界を迎えたお江さんは再び背を向けてしまう。

 そして先程の俺を真似ているのか、顔をのぞき込んでは背けられてしまう悪戯いたずらを繰り返していた。

 僅かな時間であるが二人の間柄を表す機会に恵まれ、改めて家族という運命の奇跡を教えてくれた気分だ。

 そんな緩やかな空気が流れる最中、突然お藍さんが激しく咳き込んだかと思うと膝を着いてしまった。


「ほら、やっぱり! 無理をしないで!」


 姉の手を取る妹の顔は血の気が引き、見る間に青ざめていく。

 見ている方が気が気ではなく、急いで一階へ人を呼びに行こうとした所をお藍さんが呼び止める。


「大丈夫です…。それよりも、こちらの方を客室に御案内して差し上げてね……。

 私は少し休ませてもらうわ」


 やはり無理をしていたのだろう。

 俺を気遣う言葉を口にするが、もうそんな事はそっちのけで彼女を抱えると私室の場所をお江さんに尋ねた。


「そんな事お客に…すみません、こちらへ」


 問答をしている場合ではない。

 それを理解した上で俺達は女将の私室へ急ぐとお藍さんを布団へ運ぶ。

 荒い息をつく彼女の額に触れてみたが相当な熱を出しているのが分かり、医者に診てもらう必要を訴えた。

 が、当のお藍さんはかたくなに拒む姿勢を貫く。


「お藍、アンタ…私達に気を使い過ぎなんだよ。お願いだから言う事を聞いて!

 アタシの旦那と子供だって同じ流行り風で亡くなってるんだよ……。

 これで妹まで亡くしたら………」


「……お鈴……」


 お藍さんがつぶやいたのは娘の名だろうか。

 それ以上は言葉が出ない様子でお江さんも泣き崩れてしまう。

 俺は突然の事態に声を掛ける事すらできず、ただ呆然と項垂うなだれる他なかった。

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