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異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp! 【 完結】  作者: ちゃりネコ
第二部 一章 この人数でもソロキャンと言いきる勇気編
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気っ風の良い女 お江

「思ったより時間をかけてしもうたのう」


「今日は資金調達がメインだったし、気にする必要はないさ。聞き込みは明日にしよう」


 見れば時刻は夕暮れに差し掛かり、境内に残る参拝者もまばらとなっていた。


「さてと、近くを流れる五十鈴川でキャンプしても良いんだけど、どうすっかな…」


 初商売の成功で少し浮かれていたのか、参拝に時間をかけ過ぎてしまった結果、辺りは暗くなり始めていた。

 今から野営地を探していれば、日没を待たずに真っ暗な山の中を歩かなければならないだろう。

 山間部を繋ぐ夜の舗装路なら、元の世界に居た頃にロードバイクで度々通った事があり、その包み込まれるような暗闇には慣れっこだと自負していたが、こちらの世界で街頭一つない本当の暗闇を体験して以来、夜の行動は絶対に避けるのを心掛けてきた。


「マズイな…。

 今日は手っ取り早く宿を取るのが無難か」


「とはいえのう、町で一宿いっしゅくを得るとなると、ワシもどうしてよいのか分からぬ。殆ど家の者に任せておったゆえな」


 これは地味に参った。

 言うまでもなく俺も人里を訪れたのは初めてで、土地勘など箱入り娘だった初音以上に皆無。

 上空を見上げても飯綱いずなの姿はなく、女媧ジョカ様に至っては――夕暮れに伸びる大蛇の影を町人に目撃されたら、それこそ大騒ぎになってただろう。


「頼りもなしに今日の宿を見つけなきゃならんワケだ。まずは相場が知りたいところだね」


 などと考えていると、神宮の鳥居を過ぎて町の入り口まで戻っていたらしい。

 そこでは既に参拝を終えた人達を奪い合うように、通りに立ち並ぶ旅館の中居同士が壮絶な客引き合戦バトルを繰り広げている真っ最中。

 その様子はさながらゾンビ映画のようでもあり、ルール無用のプロレスでもある。


「無礼者め、放せ! 

 もう宿は……取ってあ…放して、放……ッ!」


「ヒヒヒッ、ウチの宿は最ッ高の三星宿ですよ旦那ァ。おい、そっちの足を持て。このまま運ぶぞ、一名様ごあんな~い! フヒヒッ」


 刀を下げた武士と思われる男にもひるむ事なく巧みな連携プレーによって、宿へと引き込んでいく。

 ぶっちゃけ俺の世界なら完璧にアウトどころか、お縄を頂戴してもおかしくない。


「あああ…助けて! ここじゃない…俺の宿は…!」

御上おかみ! 誰か…誰か、御上おかみを呼んどくれ!」


 活気と情緒に溢れた通りは今や世紀末にも等しい世界が広がり、魔女釜の底と化していた。

 通りを歩く旅人が次々と旅館に引きずり込まれていく様子は、さっきまでの清らかな参拝とは180度違う、人間の持つ闇の部分をまざまざと見せつけられる思いだ。


「おい……ヤバいんじゃね?

 いっそ、バギーで突っ切るか?」


「う……うむ、一考に値するのう…」


 異世界にも道交法ってあるのかな。

 そんな馬鹿な事を考えている最中さなか、背後から話し掛けてくる人が現れた。

 肩を震わせて振り向くと、にこやかな笑顔の女性がこちらを見ている。


「あらあら、昼間の若旦那さん。

 なんだい、宿を探してるのかい?

 だったらウチに来なよ、安くしとくからさ」


 どうするべきか初音と顔を見合わせる。

 一見して悪い人には見えないが、実際はどうだろうか?

 そんな事を考えている間にも周囲は阿鼻叫喚の渦が徐々に迫り、俺達の存在に気づいた宿の中居達に包囲されてしまう。


「ヒャッハー! 御二人様ごあんな~い。

 どうですかい? ウチは客室まで責任持って御送りいたしますよ、ヤッシャセッ!!」


 護送しますの間違いだろ。

 俺は女性の提案を受け入れ、本日の宿をお願いした。


「あいよ、じゃあ行こっか。ウチは川沿いの宿だから、そっちをのんびり歩きましょ」


「僕は葦拿あしな、こっちの子は初音です。

 後から他に二人合流しますから四人部屋でお願いします。それと…」


「あぁ、ごめんよ! そういえば名乗ってなかったね。アタシはおこうさ」


 歳は俺と同年代より少し上だろうか。

 そのぷうの良さとラフな仕草からは、エネルギッシュな雰囲気と人柄の良さが伝わってくるようだ。


「…………」


 初音は俺の後ろに隠れてシャツの袖をずっと握っている。

 こいつは案外人見知りで、初めて会う人とは打ち解けるまで少し時間が要るらしい。

 けど、飯綱いずなとは秒で打ち解けたんだよなぁ。

 やっぱ、あの砕けたチャランポランな感じが子供にもウケたのかな。

 しばらくの間、五十鈴いすず川を右手に川沿いを歩くと、くだんの宿が見えてきた。


「着いたわ。ようこそ、おはらい町へ!

 ようこそ、旅館宿 森田屋へ!」


 失礼ながら、ここまで歩いている最中はどんな宿を案内されるのか見当もつかず不安だったが、その杞憂きゆうを吹き飛ばす立派な建屋に感嘆の息が漏れる。


「風情があっていいのぅ」


 確かに宿の外観は歴史を感じさせる多くの木材があてがわれ、2階からは通りの喧騒から離れて五十鈴川を眺められる好立地だ。


「入り口はこっちだから。

 階段を登ったら直ぐそこさ」


 そう言うと着物の裾から見え隠れする足を気にする素振りもなく、宿へと通じる階段を軽々と駆け登っていく。

 なんとも元気な人だと妙に感心していると、初音がムスッとした表情で俺の袖を掴んでいた。


「ん? なに?」


「…なんでもないのじゃ」


 変な奴だな。

 あまり気にせず向き直るとお江さんが手招きしており、後に続いて階段を登っていく道すがら、中庭のような空間が姿を現す。


「あ………わらべ…」


 初音の視線を辿ると中庭に子供が一人、手鞠てまりで遊んでいる所に出くわした。

 その子は俺達と視線が合うと門の裏に急いで隠れ、少しだけ顔を出してこっちを…いや、初音を見つめているようだ。


「こんばんは、宿の子かな?」


 挨拶をすると、再び隠れて出てこなくなってしまった。

 どうやら、かなりの恥ずかしがり屋らしい。


「すいませんね、ウチの…森田屋の娘さんなんですよ。今は女将さんがせっていて構ってあげられる人もいなくてねぇ」


「ご病気、ですか…」


 お江さんは質問をはぐらかすように愛想笑いを浮かべると、俺達を宿の入り口へと促す。

 あまり知られたくないのか、口にするのも控えているといった印象を受ける。

 そんな風に話をしながら階段を登っていくが、初音はまだ門の所にいた女の子が気になっているのか、立ち止まったまま動こうとしない。


「お~い、そろそろ行こう」


 声を掛けるとようやく歩きだして追い付いてきたが、その顔は何かを言いたくて仕方ないといった感じだ。


「…まぁ、夕食まで時間があるし、この辺りを歩く位なら大丈夫だろ。行ってこいよ」


「よ、良いのか? …仕方ないのう。

 ワシの夕餉ゆうげは残しておくのじゃぞ!」


 そう言うと渋々といった態度を取りつくろい、門の所へと駆けて行く。

 そのやり取りを階上から見ていたお江さんは、屈託くったくのない声を口にした。


「優しい若旦那さんだねぇ。

 アンタ、本当に独り身かい?」


 妙に艶を帯びた声にドキリとさせられる一方、見た目だけは親子のような俺と初音が、家族ではないと見抜いている事に驚く。


「…どこで気付いたんですか?」


 自分では家族それっぽく振る舞っていたつもりなので、どうやって確信を得たのか逆に知りたくなってしまう。

 すると、お江さんはひょうひょう々とした顔で事もなげに答えた。


「こんな仕事をしているとね、沢山のお客さんと接する内に自然と分かるようになるのさ。特にワケアリなら尚更なおさらね」


 参った。大した人目利ひとめききだ。

 半分は鎌を掛けたって感じだろうか?

 この人には下手な嘘やハッタリは通用しない、そう思わせる妙齢の女性だ。


「見事に当たったねぇ!

 景品はなんだろね? はははっ」


 長い髪をまとめて着物の袖をまくったいきな人は子供のように笑い、長い階段を息も切らさずに登っていく。


「綺麗だけど、どこか子供っぽい人だな」


 夕日が長い階段に影を落とし、爽やかな風が商家の間を吹き抜けていく。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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