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異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp! 【 完結】  作者: ちゃりネコ
第二部 一章 この人数でもソロキャンと言いきる勇気編
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最後の客

 無事に殆どの品物を売り尽くした頃、店仕舞いを始めようとした直後、その客は現れた。


「やぁ、まだあきないは続いて――ありゃ~、もう殆ど売れちまったのかい?」


「え…えぇ、すいません。

 残ってるのは葉煙草が少しと、ヒノモトイノシシの毛皮に…レイホウシンロクの角が二本だけなんです」


 虚無僧こむそうが好む編み笠を目深に被り、かなり大柄な体格が目を引く。

 年齢は30台前半のようでもあり、40台後半のようにも思える。

 こうして対面していても、相手に表情すら読ませようとしない謎の男。

 しかし、その割にフランクな感じで接する男は不思議と初対面とは思えず、親近感を抱かせる口調で言葉を交わす内に、彼に対する警戒感は自然と薄れていった。


「そっか、なら残った品物は全部買い取るよ」


 全部!?

 葉煙草はたばこの方はともかく、誰も見向きもしなかった毛皮と角まで即決で買うだなんて…。

 ここまでくると、逆に何か――意図があるのではないか?

 そう勘繰かんぐってしまう。


「い、いいんですか? なんだか悪いというか…あ、サービスでお安くしておきますよ」


「いやいや、遠慮しなくていいから。

 それにほら、レイホウシンロクの角は薬になるって知ってたかい? 俺も良い買い物ができたよ」


 そういって随分と多めに御代を置いて、足早に去ってしまった。

 ポカンとしてしまう俺と初音。

 一体なんだったんだ?


「あしな、もうあきないは済んだのじゃろ?

 食事ついでに町を見て行こう!」


 腹を空かせた初音は我慢の限界だったのか、先程の客の事など忘れ、約束していた食事をせがむ。

 確かに今日は頑張ってくれたんだしな。

 異世界での初商売を労うという意味でも、少しくらい贅沢をしても罰はあたらないだろう。


「それは良いけど、お前は地元の鬼…人間だろ?

 何で見慣れた町を見たがるんだよ?」


 途端に初音はもじもじとした仕草を見せ、ここにきて衝撃の告白を行う。


「実は…ワシ、町を歩くのは初めてなんじゃ。

 今までは駕籠かごから外の様子を眺める事しかできんかったのでな…」


 マジっすか…。

 だけど、思い返してみれば町に着いてからの初音は妙に落ち着きがなく、どこか遊園地に来た子供みたいに浮かれていたように思えた。

 以前、少しだけ聞いた事がある。

 初音の父、九鬼 澄隆すみたかは一人娘の初音に対して並々ならぬ愛情を注ぐ一方、その強過ぎる想いから過剰とも言える庇護ひごの元、外部との交流を一切禁じた結果、城屋敷から自由に出歩く事さえ容易には許さなかったそうだ。


「そんなお前に結婚話ねぇ」


 なんだか感慨深いような、途轍とてつもなく不安なような、送り出す親父さんの心情が伝わってくる思いだ。


「そんな事より! 早く行くのじゃ~♪」


 分かりましたよ。

 分かったから強く引っ張らないでもらうと有り難い。

 今にも肩を脱臼しそうだからさ。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 緊張からの解放と町の散策。

 初音にとっては初めて尽くしで、テンションが上がってしまうのは無理もない事だろう。

 子供が楽しそうにはしゃぐように、今は誰にもとがめられず自由な時間を過ごさせてやりたい。

 そんな事を考えていた30分前の自分に言ってやらねばならん。

 あしなよ、Awazonで胃薬を買っておけ…と。


「ちょっ、待…! 走るなぁぁあああ!!」


「ここは酒蔵か!? 酒はワシの大好物!

 買おう買おう! 銭はあるんじゃ、ケチケチするな。あっちは米問屋か! お米の良い香りがするのう。あぁ! 名物のへんば餅が売っておる! あっちは赤福茶屋!! 絶対行きたい行きたい行きたい行きたい!!」


「こいつッッッ! タガが外れてやがる!!」


 自由アンチェイン

 鬱屈うっくつとした駕籠かごから解き放たれた鬼娘は、まさに庇護ひごと言う名の檻を破壊したワガママ怪獣であった。

 その様子は個人幼稚園といった感じで、あらゆる面倒事と騒動を一人で巻き起こす勢いだ。

 こいつに比べればリュックから顔を出しているギンレイの方が遥かに行儀が良い。

 鬼が有するフィジカルと見た目通りの精神年齢、それを併せ持つ初音を止める術など持っているはずもなく、ひたすらに右往左往する始末。

 どうにか駄々っ子を呼び止めて醤油や味噌、干物や酒などを購入していくが、全く目が離せず気が気ではない。


「遅いぞ、あしな!

 そろそろ憧賢木厳之御天疎向津比売之命《つきさかきいずのみたまあまざかるむかつびめのみこと》に御挨拶して帰ろうぞ」


「つきさ……え? 誰……人…?」


 既に息が上がり疲労困憊ひろうこんぱいの中で聞いた言葉が聞き取れず、何の事かも分からず後をついていく。

 真っ直ぐ続く通りは競い合うように豪奢ごうしゃな商家が立ち並び、白漆喰しろしっくいに反射する午後の日射しが、行き交う人々の顔に浮かぶ汗を照らしだす。

 延々と歩いた先に突然視界が開けたかと思うと、見上げる程の鳥居が姿を現した。

 木材を削って作られたであろう鳥居は、簡素でありながら訪れた者に威厳と神性を感じさせる。


「…大きい神社だな、ここが…」


「うむ、2000年の永きに渡っての地に御座おんざす伊勢の神宮じゃよ」

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