異世界での初商売、その結果は?
「ちょいと初音さん!
マジにここで商売しても大丈夫なんすか…?」
俺達は町までやってくるとバギーのエンジンを切り、適当な場所で品物を広げようと考えていたのだが、そこで目にする光景に驚かされた。
まるで時代劇の世界観そのまま。
古い町並みや着物を身に付けた人々。
威勢の良い呼び込みや、馬の嘶きで溢れた異世界の日の本に衝撃を受け、感動と同時に圧倒されてしまう。
ここで唯一の頼りは初音しかいないのだが、その御嬢様がなぜか妙に落ち着かず、ギンレイ入りのキャリーリュックを背負ってあっちこっち世話しなく動き回っている。
「あしな! アレ、アレなんじゃろ!?」
むしろ俺が聞きたいのだが?
イカン、このままでは何の成果も得られず、ホームに帰宅する未来が見える!
急いで初音を抱えて再度、ここでの商売について問いただす。
「実はワシも詳しくないんじゃがの、以前父上がここは楽市じゃから誰でも商いが出来ると仰っていたんじゃ」
楽市…確かにここまで関所の類いははなく、里の入り口も開かれた状態で、人々の行き来も自由であった。
そういう事なら――。
「よし、中心部だと商人同士の縄張りがあるだろうから、少し離れた場所で始めよう」
「おぉ、ついに始めるのじゃな!」
ビビっていても仕方ない。
覚悟を決めてやってみるか!
用意していた品物を並べていき、道行く客の気を引こうと思い切り声を張り上げる。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい!
高級な蝋燭が100文、汚れの落ちる妙薬は50文だ! まだまだあるぞ! 香り高い葉煙草はたったの30文。こっちの干し肉は10文、そして一度飲んだら忘れられない神水は20文!」
蝋燭の値段は相場よりも意識して下げ、客を呼び込む為の目玉商品に掲げた。
余っていた猪の脂身石鹸もここで投入。
この時代では馴染みのない石鹸は汚れの落ちる薬として売り出し、なるべく手を出しやすい表現を心掛ける。
娯楽の少ない日ノ本では煙管を使った葉煙草が人気らしく、こちらも売り上げを期待している。
干し肉は初音の反応から、庶民も食べる習慣がある事はリサーチ済み。
ネックは神水と銘打ったサイダーなのだが、かなり試験的な試みなのでなんとも言い難い。
「お、押さないで!
ちゃんと買えるから落ち着いて!」
予想通りというか、予想外に客の注目があって少し戸惑ってしまうが、どうやら俺達の服装やバギーが関係しているようだ。
それもそのはず。
周りは和服姿の町人しかいない中、見慣れない洋服姿の余所者が摩訶不思議な物を売っているのであれば、これで注目を集めないワケがない。
「蝋燭のお買い上げ、ありがとうございます!」
次々と人が集まった結果、目玉商品である蝋燭から先にポツポツと売れていく。
初めての商売で気持ちが高揚してしまうが、このままではマズイという冷静な判断も忘れてはならない。
蝋燭だけが売れていった結果、他が売れ残ってしまうのは困る。
ここは店頭アピールで商品価値を伝えねば!
「ハァーイ! ここでチューモクでーす!
こちらの品物、どんな汚れも一発で落ちる妙薬でございます。ちょいと水で濡らして擦り合わせれば……この通り、真っ白に!」
観客から感心するような声が挙がり、物珍しいといった感じで石鹸が売れていく。
この調子で客の面子が変わる度にアピールしていけば大丈夫だろう。
「あら、こちらの若旦那さん。
綺麗な手をしてるわぁ、まるで生まれてから箸しか持った事がないみたい」
「アッハイ…ありがとうございます…」
正直、人だかりの中で目立ったり、デカイ声を出すのは得意ではない。
てか苦手なんだけど、これも生活の為。
さっきから初音はリュックを胸に抱いて、不安そうに俺の様子を見ている。
店頭には干し肉とサイダーが大量に残っており、その事を心配しているのは明白だった。
ここで弱気な所を見せてしまうと更に塞ぎ込んでしまう。
俺は大きく息を吐くと努めて明るい調子で振る舞う。
「品物を全部売ったら観光ついでに食事をしていこう。きっと旨い物が沢山あるぞ」
初めて体験したであろう人混みに囲まれて、緊張で声も出せずに強張る少女の顔が見違えるように華やぐ。
とはいえ、時刻は昼に差し掛かる事で一時的に人通りは少なくなり、それにつれて売れ行きも渋り始めていた。
「もうこんな時間か。
店を離れる訳にはいかないから、今日は干し肉とサイダーで済ませよう」
「いいのか? 売り物なんじゃろ?」
もっともな意見だけど、売れ残ってしまえば同じ事。
あまり気にせず、少し休憩して午後から頑張れば良い。
ギンレイも食事の気配を察したのか、リュックから顔を出して催促してきた。
「あいよ、美味しい干し肉だよ。
サイダーは…ギンレイはやめとこうな」
「ならワシにくれ~」
すっかり味を覚えた初音が干し肉片手に、氷でキンキンに冷やされた竹筒入りのサイダーを口にする。
俺も大声を上げ続けた事で疲れが出てきた喉を潤す為、サイダーを飲みながらじっくりと町並みを眺めた。
こんな光景を目にできるだなんて思ってもいなかった。
これだけでも来た甲斐があるというものだ。
しばらく干し肉を食べて初音と談笑していると、周りに人が集まっている事にようやく気付く。
「にいちゃん、それ売りもんか?
なんか旨そうだけど高ぇな」
来た!!
俺達が実際に飲み食いしている所を見て興味を持ってくれたようで、物見遊山といった感じで寄ってきたのだろう。
すかさず初音に合図を送り、第二の作戦を実行に移す。
「あの…よければどうぞ、なのじゃ」
おずおずとした仕草で見目麗しい少女が差し出す飲み物。
午前の仕事を終えた男達は顔を見合せ、こぞってサイダーを手にしていく。
あの独特の語尾は結局直らなかったが狙いは上々だ。
初めて見る物や食べ物に関心を示すのは当然の事。
しかし実際にお金を払ってまで手に取るかと言われると話は別。
だが、無料ならどうだろう?
しかも可愛い女の子が薦めてきたら?
単純だが一定の効果が期待できる。
その為に試供用の竹コップを用意したのだ。
さぁ、どうなる…?
「その…干し肉も美味しいです、のじゃ」
初音は恥ずかしがりながらも、二の足を踏む客達へ次々と試供用を配っていく。
受け取った人達は干し肉を口にすると意外そうな表情をみせ、『酒の肴に良い』と気に入った様子で買っていくが、試供品サイダー飲んだ客は渋い表情を浮かべていた。
見込みが外れたか…そう思っていたが、さっき干し肉だけを買った客が戻ってきてサイダーを追加で頼みだした!
どうやら最初は炭酸に面食らっていた人達も、その不思議な魅力を話の種にしようと興味本意で求めたのだ。
加えて、今日は6月とは思えぬ夏日。
朝から続く炎天下で喉はカラカラに渇き、氷で冷やされた飲み物を求めて手が伸びるのは当然と言える。
こうなると口々にサイダーの噂が広まり、あっと言う間に店はごった返す程の客が押し寄せ、飛ぶように売れていく。
正午を過ぎた頃にはサイダーを含め、殆どの商品が完売する盛況で幕を閉じる事ができた。
「あしな! もう干し肉は全部売れてしもうたぞ! 大成功じゃ!」
「あぁ……なんか…疲れたけど、文化祭みたいで楽しかったな」
まさか売り切れるとは思っておらず、心地よい疲労感の中で残しておいたサイダーを取り出し、初音との乾杯で今日の喜びを分かち合う。