新たなる能力、手の届かない謎
川原沿いを2ストロークエンジン特有の爆音が鳴り響き、跳ね上げる飛沫が点々と顔を濡らす。
四輪のタイヤは地形を選ばず安定した走りをみせ、皐月の新緑を後に残していく。
あっと言う間に発泡石の採取場所まで到着すると、エンジンを停止させてしばしの余韻に浸る。
久しぶりだったが全身で風を切る感覚が実に心地良かった。
しかし、バギーが停車した後も初音は黙り込み、何故か座ったまま一向に動こうとしない。
「え……おい、大丈夫か?」
呆けた顔で硬直したままの初音を心配して肩を揺すると、紅色の唇を震わせゆっくりと顔を上げていく。
本当に…大丈夫か……?
「あしな…あしなぁぁぁああ!!」
「ああああはぁぁあああ!!」
強制的に肺の空気が絞り潰され、魂の絶叫が森の隅々にまで轟く。
思わず抱きついた初音は俺の胴体を締め上げ…て……息……がッッ!!
「あっ、すまん。つい興奮してしもうた」
「死ぬッ!!
お前と居たら死んでしまぅぅぁ!」
仮に手乗りゴリラという生物が存在していた場合、そいつにベアハッグを受けたのと同等のダメージだろうか?
危うく内臓がテイクダウンを極められる寸前で初音が手を離し、ギリギリで事なきを得る。
「あ……アホかァ! ……ゴブッ…ァァ……」
生きてるって素晴らしい。
昨日に引き続いて今日も命に感謝する事になるとは…教えてくれて、どうもありがとう(ビキビキッ)
初音は申し訳なさそうにワンピースの裾を握り、頭を深々と下げて謝意を表す。
もちろん悪気がないのは分かっているが、『うっかり死にました』では洒落にならない。
「大丈夫だ………だい、丈夫……」
大丈夫ではない。
が、初音の泣きそうな顔を見てしまうと気丈に振る舞うしかないじゃないか。
「すまん、ワシ…馬に乗るのは初めてじゃったから気が昂ってしもうた」
バギーは馬じゃない。
というか、生き物でもないが説明すると長くなるし、俺もうまく説明できる自信がないので一先ず置いておく。
「そんなに気にするな。
それよりも手早く採取を済ませて帰ろう。
ギンレイも腹を空かせてるだろうしな」
「そ、そうじゃ、ギンレイも待っておる!」
そう言うとようやく初音は元気を取り戻し、バッグを持って駆け出していった。
俺はやれやれといった具合で後ろ姿を見送り、泣かさずに済んで安堵の息を吐く。
そして、バギーの方に向き直り各種点検を行ったが、ブレーキオイルもエンジンオイルも入っておらず、それどころかガソリンタンクを開けても中身は空っぽの状態であった。
「やっぱりか。普通じゃないって事だよなぁ。
この本も、バギーの方も…」
新旧の能力を見比べ、どちらも普通の…真っ当な物ではないという事実を無言で語っているように思える。
「当たり前って言えば…そうだよな…」
考えても分からない事をズルズルと引きずっていても仕方がない。
初音と一緒に資源の採取に勤しんだ結果、さほど時間も掛からずにバッグは一杯になった。
「大漁じゃのう。
さいだーも作り放題じゃろうて」
バギーの後部には荷台が設置されていて、ある程度の荷物や資材が持ち運べるようになっていた。
採取した大量の発泡石に加え、貴重な穀物であるハトマメムギを荷台に載せ、ホームへ向けて発車させる。
初音はよほどドライブが気に入ったのか、鼻唄交じりにウキウキとした様子が背後からも伝わってくる。
「バギードライブも悪くなかったろ?」
「馬戯異とな?
確かにこの馬は小さいがよく走るのぉ」
…なにその無理矢理感。
もう納得してくれたんなら何でもいいや。
一気にアクセルを全開にすると更に加速し、初音は頭上に現れては消えていくフタバブナの枝葉を珍しそうに眺めているようだ。
程なくしてホームの入り口が見えてくると、ギンレイが落ち着きなく右往左往していた。
「ギンレーイ! いま帰ったのじゃー!」
後部座席から手を振る初音に寂しそうな声で応えるギンレイ。
どうやら、狼にとってエンジン付きの機械は怖いモノという認識らしい。
「よォ、存外早かったじゃねェか」
入り口にバギーを停めてスマホの時刻を見ると、出発してから1時間程しか経っておらず、移動手段として乗り物がいかに重要なのかを思い知る。
これなら、歩いて三日かかるという町へ行くのも相当に楽だろう。
「昼飯を済ませたら最後の準備を整えよう。
今日は忙しくなるぞ!」
「めーし、めーし!」
明日の出発に向けて動き出す運命の輪。
その一方、いま起きつつある全ての事柄が本当に偶然の産物なのか、誰かの意思による策謀なのか――。
それとも、未だ増え続ける膨大な数の視線が、俺の心を静かに狂わせているのかもしれない…。
そんなガラにもない事を考えながら、不安と期待に満ちた異世界での商売が始まろうとしていた。
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