閑話休題、新たな能力の発露
「ヤバいだろ……どう考えても!」
スマホに反射した俺の表情は愕然の色に染まり、深淵の底にも等しい絶望感に打ちひしがれていた。
「何の話をしておるのかや? 悩みがあるならば、この『お姉ちゃん』に遠慮なく申してみよ」
真新しいワンピースに身を包み、ビーチボールと大型水鉄砲を手にした初音が、御立派な胸を張って下僕の苦悩に耳を傾ける。
それはとても大事な事だ。
年長者として、斯くあるべき姿だと思う。
しかし……。
「お前ら、今のAwazonポイントがどれだけか知ってるか? 一時期は40万近くあったのに、今は14万しかないんだぞ!?」
こうして見ると、Awazonの買い物で消費されるポイントは本当に、馬鹿にならない。
どうにかして商売を軌道に乗せないと、そう遠くない内にジリ貧に陥るのは目に見えている。
「それがど~したってンだよ。
金は天下の回りモンだろ?
男がケチケチしてンじゃねェよ」
とある有名メーカーのインフィニティチェアに腰掛け、買ったばかりのサングラスから抗議の視線を送る飯綱。
「あ、うん。そういう所を言ってんだよ?
君ら、誰のスマホから色々購入したのかな?」
町への出発を翌日に控えているにも関わらず、連日の作業に次ぐ作業によって蓄積したストレスが、遂にブチ切れ不可避の域に到達した結果、緊急の方針会議を開くに至る。
「そういうお主だって、それは必要な物じゃたか? 言うてみよ」
指を差した先にはドッグテントで悠々と寛ぐギンレイの姿が。
おいおい、たったの7000ポイントであれだけ気に入ってくれたんだぞ?
我ながらメッチャ良い買い物したと思うわ。
「……あー、言いたい事は双方あるだろう。
けど、今一度俺の声を真摯に受け止めて欲しい。
お前ら好き勝手し過ぎ問題!」
思えば洗濯から日々の食事まで、全部俺一人でやってるとかマジにオカンかよぉおお!
そろそろガツンと言ってやらねばなるまい。
だが、鬼と烏天狗は一向に取り合おうとはせず、次に何を買うか二人して相談を始める始末。
「つーか、自分の下着くらい自分で洗え!
お前ら、女の慎みとかないんか!?」
待遇改善を求めて熱弁を振るうも、暖簾に腕押しの如く、まるで効果がない。
こうなったら力ずくでも分からせて――いやいやいや、絶対勝てねぇ――死ぬ!
ゾッとする未来が目ぶたに浮かび、振り上げた拳をそっと仕舞う。
「なんだか今日は朝から食欲ないな~…。
たまには水と空気でお腹を満たすのも悪くないよねぇ?」
「お主……男子のぷらいどとかないんか?」
俺の持ち得る最大限の権力をチラつかせ、薄氷の上を渡る交渉を続ける最中、スマホに表示されていた通知欄に目が止まる。
【好評価ボーナス☆500突破特別イベント】
この一文は過去に見覚えがあった。
以前は☆50突破特別イベントとあったが、今回は桁が違う。
けど、あの時はタッチしても特に変化はなかったように感じたのだが…。
急に黙ってしまった俺を不審に思ったのか、初音が脇の下から顔を突っ込み、そのまま考えもなしに通知欄をタッチしてしまう。
「うぉおい! 何が起きるのか分からんのに、ヘタに触るんじゃないよ!」
「押せば分かるじゃろ。
…………な、なんじゃこりゃぁぁああ!?」
脈絡もなく忽然と俺達の前に現れたモノは、乗用車よりもずっと小さい車輪を持ち、バイクよりも車高の低いずんぐりとしたボディの――四輪バギー!
誰もが知っている乗り物なのに、実際に道路を走っている所は殆ど見た事がなく、道路交通法ではミニカーに分類される。
今では一部キャンプ場のアクティビティや、マリオカートでしか扱われる機会のない自動車の絶滅危惧種。
「これが…特別イベント?
だったら、前のイベントって……あ、待て!」
俺の警戒などお構いなしに、初音はバギーに向かってクラウチングスタートばりのダッシュを決めたかと思うと、怖がりもせずにペタペタと触りまくる。
「うぉお…木葉のように柔らかい部分と……ここは鉄で出来ておるのか!?
なんと面妖な……これは何かの前兆…?」
怖いコトを言うのはヤメてもらいたい。
それにしても、別世界の話や『異世界の歩き方』を読んでいた時も、初音は特別強い関心を示した。
案外夢見がちというか、オカルト好きな所があるのかもしれん。
見れば手元のスマホ画面には、新しいアイコン『バギー』が追加されている。
多分、『異世界の歩き方』と使い方は同じなのだろう。
「だとすりゃ、こうすると消えるはず」
アイコンをタッチした途端に姿を消すバギー。
やはり、これも異世界で得た能力のひとつなのだと確信する。
「ふぉぉぉおおお!?
もう一回! もう一回だして給れ!」
「あ、うん。落ち着いて?」
初音は再び現れた未知の乗り物に、100%のリアクションで応えてくれた。
まぁ、異世界の住人にとっては無理からぬ反応だと思う。
しかし、俺にとっても少なからず新鮮な驚きはある。
新たな能力、新たな移動手段、それは異世界で生き残る為には非常に有効であり、これから八兵衛さんを捜索する上でも大きな力となり得るが…。
俺は同時に表示されている一文から目を離す事ができず、どうしても素直に喜べない。
【100000PV達成】
10万……。
ここに記載されているPVという単位、もしこれがpromotion videoの頭文字だった場合、異世界での俺の生活が誰かに観られているという事を意味する。
何故、そう思うのか?
「違和感が消えない……まだ、見られてる…!」
さっきから黙りを決め込む飯綱は外方を向き、会話をする気がない事を無言で示す。
何かを隠しているのか、あるいは――言えないという意思表示に思えてならない。
思えば初めて飯綱に会った時、彼女は俺を結構な有名人だと言った。
テレビやYouTubに出た事もなければ、SNSのインフルエンサーでもない普通の大学生だった俺を……有名人だと?
見慣れないバギーに乗ってはしゃぐ初音とギンレイの傍ら、固く結んだ唇で無言を貫く飯綱。
対照的とも言える二人の間で、言い知れぬ不安と謎が俺を包み込む。