鹿肉の活用法
待望の鹿肉が手に入ったお陰で、ようやく異世界ブランドの要である燻製ジャーキーの作成が可能となった。
鹿は貴重な食料として消費しても良いのだが、このままでは全て食べきるのに何週間かかるのか想像もつかない。
そこで、保存に適した干し肉にして売りに出し、余った分は自分達の食料にするという両面作戦だ。
他の品物でも可能な作戦だけど、一度にまとまった量の在庫を揃えようとすると時間が掛かってしまう。
「八兵衛さんの安否を考えると、余裕ってワケにはいかないんでね」
そこで得たお金を上手く使えば、彼に関する有益な情報が手に入るかもしれない。
たとえダメだったとしても、保存食なのだから自分達で消費すれば良い。
我ながら完璧な理論である。
そうと決まれば、どんどん作っていこう!
まずは鹿肉の中でも赤身を多く含むモモ肉をチョイスして、なるべく細く、薄くなるように切り分けていく。
ここで余分な脂身は切り取っておき、後で別の用途に利用させてもらおう。
次に岩塩とハーブ、サンシュウショウで作った調味液に漬け置きして、じっくり味付けを行う。
その間に乾燥させる為の台を竹で作るのだが、風通しを良くしたいので肉が落下しない程度に、文字通りザルみたいな感じでOKだ。
半日程漬けた後、ザル台に肉を並べていくのだが、ここで直射日光には当てない方が良い。
『干し肉』という名前から天日で干すと思われるかもしれないが、それをやってしまうと乾燥するよりも早く肉の内部で雑菌が繁殖して腐ってしまうからだ。
ここでは鍾乳洞の冷気を利用して肉が凍らない場所で陰干しを行い、ある程度硬くなった所で小さく砕いたフタバブナのチップを使った燻製を施す。
燻製はダッチオーブンの底に薄く広くなるようにチップを置き、その上に高さ2cm程の底網を置く。
後は網に肉を乗せて火にかけ、適度に燻せば燻製ジャーキーの完成!
「はひな! ほれおいふぃい!」
「うぉ、いつの間に!?
つーか、出来上がった直後から喰うんじゃない!」
フタバブナのチップを入れ替えながら、次々とジャーキーを量産していく。
一つ試しに食べてみたが適度な弾力としっかりした味わい、燻製の持つ仄かな木の香りが鼻孔に広がる会心の出来!
これなら商品として十分な品質だろう。
この調子で他の赤身部分も含め、ガンガン量産していくぞ!
「あしなー、この脂身はどうするんじゃ?
捨ててしまうのは勿体ないのう」
「捨てるなんてとんでもない。
これにも立派な活用法があるから、今から実践してみようか」
ジャーキーを作った際に切り分けた脂身。
現代人は忘れてしまったようだが、実はここから様々な物が生まれるポテンシャルを秘めている。
まずは脂身をダッチオーブンに入れて弱火で液体になるまで溶かし、不純物を布漉して取り除く。
この液体に乾燥させて粉末にしたハーブを加え、Awazonで購入したタコ糸を中央に配置して、小さな円柱形になるように竹へ注ぎ入れる。
後は鍾乳洞の冷気で冷やせば蝋燭の完成!
火をつければハーブの香りが楽しめると同時に、虫除けの効果まで発揮する優れ物。
そう、この液体にするのがミソなのだ。
形のない水は色々な物と溶けて混ざり、アイディア次第で全く別の形へと姿を変える。
以前に作った猪の脂身と木材を燃やして出来た灰汁の石鹸も、その好例だろう。
「すごい! この蝋燭、ワシの屋敷にあるのと同じくらい明るいぞ!」
江戸時代の庶民にとって、蝋燭は非常に高価な物であったらしい。
そんな庶民の夜を照らしたのは行灯と呼ばれる物で、菜種油や油脂を皿に入れて木綿糸に火をつけていた。
周りを和紙などで囲って風避けとしているのも一因だが、現代人にしてみれば灯りとして心許ない光だっただろう。
これも売り物として十分に期待できる。
「近々、町に出て品物を売るぞ。
今夜は異世界初の商売を記念して、豪勢な食事にしよう!」
「めーし、めーし!」
八兵衛さん捜索の準備は整いつつある。
初音はギンレイの手(足?)を取って喜びを全身で表すように、満面の笑顔でくるくると回りだす。