紫煙燻らす神の御告げ
なんだ?
俺は何をしくじった??
喉を突き上げるような刺激に加え、涙まで出てくる事態に驚きつつ、失敗の原因を根本から考えていると、実にシンプルな答えに辿り着く。
「つーか、喫煙経験も無いのに初めからフィルターレスってのがダメなんだよ!
我ながら馬鹿すぎるだろ…」
今回作ってみたのは煙管用の葉煙草。
当然だが素材から発生する煙を直で吸い込む為、かなりの愛煙家でないと刺激が強過ぎるのだ。
一般的な煙草のイメージは紙煙草と呼ばれる物であり、煙をろ過するフィルターのお陰で刺激を弱め、味わいや香りを手軽に楽しめるように工夫されている。
とはいっても、喫煙初心者の俺では品質の善し悪しは判断できず、何とも微妙な心境なのだが…。
「まぁ、気にするでない。
もしかしたら、意外とウケるやもしれぬぞ?」
「そうかなぁ? だと良いんだけど…」
最初の一歩を躓いてしまったような、どうにも煮え切らない気持ちのまま、葉煙草を竹筒に移して梱包するのだった。
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その夜、皆が夕食を食べ終わり、それぞれが歓談に花を咲かせていた時に、昼間の失敗談が話題に挙がった。
「それでのう、物の見事に大失敗してのう!
あしなの奴は泣く泣く落ち込むのでな、ワシが労ろうてやったという訳なんじゃわ」
「どんだけハナシ盛ってんだよ」
日本酒を片手に、意気揚々と盛大に尾ヒレをつけて語る初音。
そこに一杯目の御猪口でベロ酔いした飯綱まで加わり、もはや手がつけられないドンチャン騒ぎにまで発展していた。
てか、飯綱は殆ど飲んでないのに誰よりも酔ってるとか、どんだけ酒に弱いんだよ。
「ダーハッハハハ!
あしなちゃンはお子ちゃまでちゅね~♪
どら、最強美女のアタシ様が、そのヤニを試してやンよ。はよ持ってこいや~!」
さっきから足で拍手してる奴が美女?
下着丸出しの酔っ払いが?
なに言ってんだコイツ…。
そう思ったが口には出さなかった。
――何故なら面倒臭かったから!
それに、もしかしたら煙草の感想が愛煙家から聞けるかもしれない。
そう思って手渡したのだが…。
「……ブッ! ゴブォオエエエエッッッッ!
あぁ……喉がぁ……うぅ……うああん!」
「泣いちゃったよ…」
飯綱、無事に最弱ヘタレと判明。
しかも、ドサクサに紛れて女媧様の膝でよしよしされるとか――羨ましい!
『…………』
ところが、床に落ちていた煙管に目を向けた女媧様はおもむろに拾い上げると、優美な手つきでそれを艶やかな唇へと運び、極々自然に紫煙を燻らせた。
俺も初音も、女神の意外な一面に心底驚き、極めて珍しい行動に目を丸くする。
「あ、あの……女媧様?
もしかしてなんすけど……煙草がお好みで?」
――無言。
おいおい、どう捉えるべきなんだ?
これは旨すぎて言葉が出ないのか?
それとも、まさかとは思うが…………メチャクチャ怒ってらっしゃる!?
「あ、あしな! もしや不味い煙草を口にされ、お怒りなのではないのかや!?」
「そんなコト言ったってよ…。
じょ、女媧様…始めての手作りなもんで、今回は大目にみて頂ければ…その…スンマセンでしたあ!」
取りあえず全力で謝罪&土下座。
初音も隣で頭を下げ、戦々恐々とした時間の中、飯綱のすすり泣く声と女媧様の独特な呼吸音だけがホームの岩壁に響く。
やがて、たおやかな手がポンと鳴り、吸い終えた灰を落とすと同時に呟く。
『…………美味しい』
確かにそう聞こえた。
女神は特に怒った様子もなく、煙管を床に置くと飯綱の頭をずーっと撫で続けている。
神の叱責を恐れていた俺達は呆気に取られ、二人して顔を見合わせて同じ事を考えていた。
女媧様って――もしかして天然か?
これまでの無表情な様子から、きっと冷静で決して感情を表に出さない方なのだと思っていたのだが……そうじゃなくて、単にボーッとしているだけなのでは?
「あ、あしな! 貴様よもや…大神に向かって不敬な思惑を抱いておるのではあるまいな!?」
「お、お前こそ! そんなはずは……」
チラリと女神の顔を横目にするが、そこには泰然とした表情で虚空を見つめて――やっぱ、ボーッとしてんじゃねぇの?
よくよく観察すれば女媧様は蛇というよりも猫っぽいというか、ゾッとする程の美貌に圧倒されて気づかなかったが、どこかユルい雰囲気がそこはかとなく漂う。
しかし、そんな事は口が裂けても言えるはずもなく、今回の煙草について貴重な意見を頂けたので良しとしよう。
そう、沈黙は金なのだ!
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