マツバヤニの葉で煙草を作ってみよう!
サイダーの準備は無事に終わったものの、賞味期限が短いので一旦メープルシロップの状態で留めておいた。
シロップは濃厚な砂糖の塊でもある為、密閉して保管すれば一年はもつ。
それに発泡石も補充する必要があるので、サイダー作りは出発直前でいいだろう。
次なる期待の金策は煙草作り。
飯綱が採取してきたマツバヤニの葉を傷みのない若葉を選り分け、流水で洗った後に天日干ししておいた。
カンカンに照り続いた陽気のお陰で、そろそろ乾燥が終わった頃だろう。
近くで新たに見つけた野生の麦、『ヒヨコムギ』の採取から帰宅する道すがら、ホームの入口付近で飯綱が優美に翼を翻し、早朝の山間に吹く爽やかな風を切って、悠々と上空を飛び回る音が聴こえてくる。
その様子はさながら西洋凧感覚でハンググライダーを操るように自由で、かさ張る道具類や無骨なエンジンを必要とせず、ネイチャースポーツの極致と評しても過言ではない奇跡の産物と言える光景だ。
残念ながら空を飛べる原理は全くの謎で、分かっているのは人を抱えて崖や谷を越えるのも可能だという事くらい。
優雅な見た目に加え、かなりのトルクを備えているのだろう。
「おお、まさに仙風道骨。
烏天狗と呼ぶに相応しいのう」
イカロスの翼を彷彿とさせる姿は、古代の警句を克服した人類の到達点と言えるのかもしれない。
自由に空を飛べたなら――人間が恋い焦がれた夢が実現したと考えるなら、技術の進歩とは必ずしも悪い事ばかりではない。
歓待すべき未来を象徴する修験者へ、声を掛けようとしたのだが――。
「ま~たアタシのパンツ見てたンだろ?」
俺達に気づいた飯綱は上目遣いで短いスカートの端を持ち上げ、これまた頼んでもいないのに下着をチラつかせている。
技術の進歩に問題があるとすれば、人類の品性がそれに追いついてないって事を確信させてくれたよ。
「今はお前のパンツより煙草作りの方が気になってんだわ」
誘惑的な仕草を無視された飯綱は、何故か不服そうな顔をして何処かへ飛んでいってしまった。
あの様子では夕飯まで帰ってこないかもな。
「相変わらず女心に疎いのう」
「は? 意味わかんねぇし」
初音までもが残念そうな表情を浮かべ、哀れみに満ちた目を向けてくる。
俺、なんか変な事言ったかなぁ?
「ん~なモンより今は守銭奴の如くカネ!
今日の俺は色気より金目!
カネはパンツよりも重いんだよ!」
ここ一番の金句が出たにも関わらず、初音は頭を抱えて首を振るばかり。
やれやれ、これだから子供は経済に疎くて困る。
俺はマツバヤニの乾燥具合を手触りで確認した後、火に掛けたダッチオーブンでじっくりと蒸し焼きにしてみた。
流石に煙草を作った事はないのだが、幸いにもお手本となる製造行程なら知っている。
「蒸した葉を…今度は揉み解すのか?
なんだか茶作りを見ておるようじゃのう」
「ズバリ正解だよ。
かなり大雑把で不十分な行程だけど、お手本にしたのは俺の祖父が営む茶畑農家の手摘み茶さ」
子供の頃に見せてもらった光景を思い出し、丁寧にマツバヤニの葉を揉んでいくと、次第に植物の持つ硬い組織が壊され、徐々に柔軟な物へと変化していくのが指先から伝わってくる。
手触りの方も松の油分が抜けて、ベタつきが少なくなってきたように思う。
「爺ちゃんはよく畑仕事の合間にな、こうやって余ったお茶を煙草にして吸ってたんだよ。懐かしい……どうして今まで忘れてたんだろう」
「ほぉ~、器用な所はお主に似ておるのう」
確かに手先が器用な人だった。
市販の煙草は高くて不味いと言って、自分で作った紙とフィルターで色々な植物の葉を巻いて吸っているような、少し変わった人だったなぁ…。
その中に松の葉があった事を思い出したのは、本当に奇妙な偶然――いや、きっと爺ちゃんのお陰なのだろう。
「最後に細かく刻めば……あしな特製、マツバヤニの煙草が完成したぜ!」
「おお! それで、どんな感じなんじゃ!?
試してみて給れ!」
どうやら初音は煙草を吸うどころか、匂いもダメらしい。
とはいっても、俺だって喫煙の経験はないので旨いとか、不味いの判断ができるかどうか…。
「けど、売り物にするんだから品質は確かめておかないとな。ちょっとだけ摘まんで…っと」
細い竹に穴を通しただけの簡易な煙管に、完成したばかりの葉を詰め込んで火をつける。
すると、松の木特有の濃厚な香りと、仄かな甘味が口一杯に広がっていき――。
「ゴブォオッッッッ! 不ッッ味ゥア!」
「えええええ!?」
期待の金策第二弾は、いきなり暗礁に乗り上げてしまった…。