異世界ブランドを立ち上げよう!
翌日、ギンレイを連れて罠の様子を見に行くが成果なし。
やはり思った通りと言うべきか、野生動物も見知らぬモノに無警戒で近づくほど馬鹿ではない。
罠の発動条件である板を踏まないように、キレイに籾殻だけが食べられていた。
「いやはや、釣りとは違った駆け引きってトコかな。もう少し丁寧に罠を隠してみよう」
野生の本能が底知れないという事実は、ギンレイのお陰で多少なりとも見聞きしてきた。
ここは貴重な経験を活かし、キッチリと向き合って結果を出したい。
俺は再度、罠の位置やワイヤーの隠蔽を見直して様子を見る事にする。
その直後、アマミカエデの木に設置したポリタンクの様子を見に行った初音が、嬉しそうな表情で飛び込んできた。
「あしな! 樹液が貯まっておるぞ」
随分朝早くから急かしたと思えば、昨日からずっと気にしていたのか。
見るとポリタンク一杯に樹液が入っており、もう少しで溢れそうになっていた。
どうやら異世界の楓は、元の世界よりも潤沢に樹液を蓄えているらしい。
「じゃあ、これを煮詰めていこうか」
新たに購入した大型ダッチオーブンに樹液を移し、焚き火の熱で水分を蒸発させていき、それを何度も繰り返して濃度を上げていく。
「あんなに沢山あった樹液が全部なくなってしもうたぞ」
「まだまだ、これからだ」
1日で相当な量の樹液が採取できるのだが、これでは全然足りない。
といっても、まだまだ仕事は山積みなので焦る心配は不要だ。
俺はアマミカエデに開けた穴を塞ぐと、再びポリタンクを別の木に設置してホームに続く道へ踵を返した。
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更に二日が経過した頃、連日に渡る地道な努力が遂に報われる時を迎える。
「毎日毎日、同じ作業で流石に飽いてきたわい」
「確かに大変な作業だけど、まだ三日目だろ?」
けど、それも今日まで。
ひたすらに樹液を煮詰めていった結果、ようやく10リットルものメープルシロップが完成した。
これだけ短期間でまとまった量のシロップが作れたのは、アマミカエデが本家の楓と比べて大量の樹液を生み出す事に他ならず、本当に嬉しい誤算と言えるだろう。
「うぇぇえ、あれだけ煮詰めて取れるのはこれだけなのか~」
「まぁ、そう言うな。
試しに少し舐めてみるか?」
琥珀色の液体からは独特の甘い香りが立ち込め、初めは少し迷っていた初音も指先に掬ったシロップを口にした瞬間、目の覚めるような表情を見せる。
「ふぉぉお、甘い! なんと豊潤で深い味!
天才…いや、あしなは鬼才の持ち主じゃ!」
「ハハハッ、よせやい」
ちょっと本気で照れてしまった。
だけど、これで完成じゃないんだぜ?
ここにカドデバナの果汁、マルハウメの梅干しから出た梅酢、更にスパイスとしてサンシュウショウを少々加え、布漉しをした後に最後の隠し玉を投入する。
「それは…以前採取した穴だらけの石じゃの。
そんな物、何に使うんじゃ?」
これは発泡石といって異世界特有の鉱石。
水に浸すと、取り込んだ炭酸ガスを無限に放出するという不思議な性質を持つ石だ。
「よく見とけよ~」
竹コップに入れた先程の液体へ発泡石を入れると、無数の泡が次々と浮き上がり、静かな水面を舞台に踊るように弾けていく。
「以前、『ぱん』を作った時の泡立つ水じゃな。
しかし解せんのう。どうして水に細工を施す?」
これまで炭酸水を目にする機会が少なかった初音は、不思議そうな顔で素直な疑問を口にする。
言われてみれば確かに、炭酸の有無は味には関係しない。
しかし、炭酸が抜けたサイダーを飲んだ事がある人なら誰もが知っているだろう。
――めっちゃ味気ないと。
「記念すべき初の異世界サイダーだ。
ほら、試しに飲んでみるか?」
「うむ、さいだー飲みたい飲みたい飲みたい!」
正直、未知の飲料であるサイダーが、日ノ本人の口に合うのか不安だった。
そこで、初音に代表してもらい、試飲という名目で感想を聞いておこう。
「お、おぉ……口の中が痛い!
喉が…焼ける!? ……なんじゃこりゃ!!
こんな珍妙複雑怪奇な水など飲めるかぁ!」
えらい辛辣な評価だな。
でも、初めてサイダーを飲んだ時は誰しもが同じ感覚だったのかもしれん。
だとすれば……。
しばらくの間、竹で作った水筒を量産していると、初音がじっとこちらを見ている事に気付く。
「…なぁ、あしな。さっきの水……」
「お前が飲み残したサイダーか?
もうないよ。俺が飲んじまったからな」
頬を膨らませて無言でひっくり返り手足をバタつかせる初音。
その反応から察するに、予想通り初めて味わう炭酸飲料の虜になったようだな。
このサイダーはカドデバナとマルハウメの酸味、アマミカエデのシロップが持つ甘味、そしてサンシュウショウのスパイシーな隠し味から成り立っているが、やはり肝心なのは炭酸の存在。
未知の刺激に慣れていない異世界の人にとって最初は拒否されるかもしれないが、一度でも味わえば次第に癖になってしまう。
そんな中毒めいた魅力を持つ炭酸飲料は、定期的に商売をする上で打ってつけと言える。
これならば絶対爆売れ間違いなし!
「よぉーし! あしな特製、神奈備の杜ご当地サイダーの完成だ。
この調子で次のブランド商品に取り掛かるぞ!」




