鬼属の力 (初音視点)
「あしな……爺までもが……そうか……。
――よくも…よくもワシの家臣を甚振ってくれたのう? 大方は何処ぞの忍びじゃろうが…五体満足では帰さぬ故、覚悟せい!」
あしなの胸に刺さっておる針と、変わり果てた皮膚……恐らく、ヒメユリトウロウの毒で間違いなかろう。
だとすれば――絶対に赦せぬ!
「馬鹿な…!
鬼封じの印を施した縄で拘束したわ。
身動き一つできないはず!」
「ワシだけならな。
じゃがのう、お前はギンレイを甘く見た。
ワシの賢可愛い弟をな!」
廃屋で爺とはぐれた時、暗がりに乗じて不意を打たれたワシは成す術もなく拘束され、衣服を剥ぎ取られてしもうた。
一緒に居ったギンレイは相手との力量差を悟ると、敢えて戦わずに女から逃げ果せ、再びワシの元へ戻ってきて縄を解いてくれたのじゃ。
「どうにか谷を降りたものの、辺りは岩ばかり。
途方に暮れておった所、ギンレイが岩に向かって吠え始めたのでな、物は試しと穴を開けてみれば、中から聞き覚えのある音がしておったわ。
家主よ、ちくっと邪魔させてもらうぞよ」
「へっ、今なら大歓迎だ。
後でケーキ奢ってやンよ」
けーき…か。
あしなを手厚く葬った後、墓前に供えてやるとするかのう……。
「じゃが、お前に墓は要らぬ。
誰とも分かってもらえぬまま往ね!」
忍びは奇妙な腕を振り回し、八方から攻撃を仕掛けてきた。
両の手には短刀が握られておるが、そんな玩具が鬼に通用するものか!
握り締めた拳は赤熱すると、周囲の温度から著しく逸脱して蜃気楼を浮かせた。
「虚仮威しが! たとえ鬼属であっても、お前のように小さな童に何ができ……っ!?」
もはや一片の慈悲もなく、確実に殺すつもりで拳を振り抜く!
極限に圧縮された空気が『ぐーぱん』の軌道上に存在する全てを巻き込み、回避も防御すらも無効にする純粋な暴力の塊をぶつけた!
真正面から喰らった忍びは渦巻く衝撃によって壁に叩き込まれ、大量の瓦礫が降り注ぐ。
「貴様ァ…………小さい…じゃと?
これは赦せんのう…………立て。
まだ直接殴ってはおらぬ。ワシの拳にお前の骨を砕く音を聞かせてくりゃれ」
ワシが小さいなどと虚言を弄するとは…。
よほど躾の悪い飼い主が育てたとみえるな!
「ぐぅっ…! 有り得な……いくら鬼属でも…!」
「驚嘆には及ばず。
何故なら、ワシは武勇の誉れ高き将にして伊勢國一帯の鬼属を統べる九鬼 澄隆の子なり!
其処彼処に居る凡庸な鬼属と思うたか!」
止めを刺そうと近寄った時、怒りで我を忘れかけた頭に女の顔が過る。
この面相……どこかで見た覚えが……。
だが、この一瞬の隙を満身創痍のクノイチは見逃さなかった!
「さすがね……おひめさま……務めを…はたせなかったのは……いつ以来……かしら…」
「冥府にて、あしなに詫びを入れて…むっ!?」
会話によって僅かに闘志が緩んだ隙を突き、女が妙な霧を吹き付けよった!
これは忍びの術――ではない!
「ぐああああ! 目が…! 貴様ッ!」
「ふふっ…また…有効活用…させてもらった…わ」
奴が使ったのは以前、クチバシカモノを退けた際、あしなが使っておった『熊撃退すぷれ』!
不味い…痛みで目が開けられぬ!
「いけどりに…するつもり……だったけど…しかたない…わ…………じゃあ…ね」
空気を切り裂く音が耳に届く。
もはや万事休すと思われた矢先、何処から何者かが走り寄る!
「今だ! 当方ごとで構わぬ、撃てぇえ!!」
「ちぃっ! 服の下に鎖帷子を…!
爺め、まだ生きてたか!」
激しく揉み合う音。
そして――。
「…尊敬に値するぜ、アンタ」
「修験者殿!? なにを……止せぇ!」
嫌な予感が胸に去来した直後、何かが飛来する音と共に、不気味な静寂が辺りを包む――。
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