キャンプの醍醐味
ゆっくりと時間を掛けて丁寧に育てた火が足元で揺れ、沈みゆく太陽が手放しつつある偉大な光を惜しむ。
焚き火の光は太陽と比べてしまえば慎ましいけれど、それでも今夜一晩を生き抜くには十分過ぎる。
「さぁ、そろそろ調理を始めようか」
薪が燃えだしても直ぐに食材を火にかけるのはオススメしない。
何故なら燃え出したばかりの薪は火力コントロールが難しく、炎に接する面は簡単に焦げてしまう反面、中までは熱が通らずに生焼けになって台無しになるからだ。
その他のデメリットとして食材が煙臭くなるという側面もあるが、俺は気にしない。
それどころか、むしろ使用する木材によって変化する燻された独特の香りを好み、楽しみにしている位だ。
もしも香りが気になるのなら、薪の替わりに竹炭などを使用するのが良い。
「木材が炭になるまで待つ。
んで、炭の遠赤外線でじっくりと焼いてくのが定石」
焚き火で調理する際のコツは、薪が熾火になるまで待つ事だろう。
熾火とは木が炭化した状態で内部の水分が蒸発して煙が出にくく、静かに燃え続けている状態だ。
これなら火力が安定しているので料理にも適している上に、普通に薪を燃やしているだけで徐々に熾火へと変化するので、キャンプ場で炭を買っていなくても困らない。
「とはいえだ……はぁ~~」
俺は大きな溜め息をついてしまう。
最高の食材とロケーション。
だが、一つだけ足りない物がある。
それは『調味料』
ここに塩があれば完璧なイワナの塩焼きが味わえたのに、遭難中に贅沢だと言われそうだが妥協したくねぇ~。
塩は炎天下で汗と共に失われ、放置しておけば熱中症を引き起こす。
どのみち、多少のポイントを消費してでも手に入れておかなければならないのだ。
スマホからAwazonを開きショップを見るが、やはり一切の食材は置かれていない。
しかし、調味料だけは豊富に存在するので、どれか一つを選んでおこう。
「顆粒よりも固まった物の方が行動中に摂取しやすいかもな。
そうなると……お、岩塩とか良いかも!」
悩んだ末に購入したのはクリスタルロックソルト。
スマホの画面をタッチすると透明なミルに収められた岩塩が召喚された。
「しかも最高級ヒマラヤ産だぜ!」
早速とばかりにミルを回して串打ちにされたイワナに振り掛けると、まさに雪化粧を施したかのように食材の輝きが増した!
―――気がする…。
冗談はさておき、周囲に串を配置して焼き上げていく。
ゆっくりと皮が焼けていくにつれて、住処である岩の裂け目は芳ばしい香りに包まれる。
なるべく均一に火が通るように状態を見ながら時々串を回していると、昼寝をしていた狼が欠伸をしながら近寄ってきた。
「これは俺の分だぞ、お前はさっき食べただろ?」
狼が見つめる視線は焼き色がついてきたイワナへと注がれ、いつ火の中へ飛び込むか気が気ではない。
仕方がない奴だ。
ここで取っておいた3匹分のイワナの内臓を笹皿に載せてやると、待ってましたとばかりに喜んで頬張る。
復調の為だろう、多くの栄養を欲しているのは良い傾向だと思う。
「折角苦労して助けたんだ。
元気になってくれなきゃ困る」
さて、最後の一品として水で満たした缶詰にシシロマミズガニと岩塩を加えて火にかける。
串焼きは表面に飴色の焼き目がついてきたが、ここで焦ってはいけない。
案外中まで火が通るには時間がかかるのだ。
それまで狼の名前を考えてやるか……。
いつまでも狼では呼び難いし、どうにも気分が乗らない。
何か、こう、洗練された名前を……駄目だ、何も浮かんでこない…。
取り敢えず保留とするが、この岩の裂け目は『ホーム』と呼ぼう。
「ホーム…か。俺、家に帰れるのかな……」
時折聞こえてくる薪が爆ぜる音は岩肌に反射して心地の良いメロディーを奏で、眼下には目も眩むエメラルドグリーンの清流が流れている。
膝の上では幼い狼が再び寝息を立てて夢の世界へ戻ろうとしていた。
遭難しているとは思えない、ゆったりとした時間が俺を包み込んでいく。