敗北にも等しい宣告
「コイツは数ヶ月前からラボの周りを嗅ぎ回っててな。どう考えてもロクな用件の客じゃあねェから居留守してンのさ」
一連の流れを要約すると、ヤバい女の手によって俺は谷底へ落とされ、夜の暗闇に酷似した谷底の環境が女媧を顕現させた結果、何故か膝枕で介抱されていたというワケか。
「有り得ねぇのオンパレードだな!
次はどんな事が起きるんだ?
太平洋からゴジラでも出てくんのか?」
正直、かなり苛ついていた。
吊り橋から落とされた事で、忘れようとしていた『死なない』という異常を嫌と言うほど認識させられ、更には殺人未遂罪の犯人が俺達を狙っているのだ。
しかも俺の隣には神サマが居て、ボロキレになった服の袖をずっと摘まんでるんだぜ?
情報量過多というか…兎に角、有り得ねぇ!
『怖いひと…』
映像を観た女媧は怯えた様子で俺に寄り添い、触れ合う肌を通して自身の感情を伝えてくる。
ホームで遭遇して以来、終始無表情だった美しい顔は迫りつつある脅威に対して、不安と恐怖に被われていた。
あの女と女媧はどちらも俺をつけ狙う理由が不明ながらも、今の状況を考えれば警戒するべき相手は明白だ。
「だから言っただろーが。
おっかねェのが来てるってよ。
さっきのは30分くらい前の記録だ」
モニターが捉えた女は谷底へ降り立つと同時に最後の映像も途絶え、それっきり動向が掴めなくなってしまった。
「あの女が金メダル余裕のヤバい奴だってのは分かった。ここには絶対に入ってこれないと思うけど……初音達はどうなったんだ?」
今頃、谷底へ落ちた俺を探しているはず。
早く危険を知らせなければ!
「地上のカメラには何も……」
言いかけた飯綱は次々とモニターを切り替えていくが、どの画面も砂嵐が映っているだけ。
意味を尋ねようと肩越しに飯綱の顔を見ると、驚きと憤慨の入り交じった表情を浮かべ、広幅の額には大粒の汗が流れていた。
初音以上に不遜な態度を示してきた修験者が明らかな焦りを見せ、生き残ったカメラを探し続けている姿は、不吉な未来を暗示しているように思えてならない。
事態は秒針が刻まれるごとに悪い方向へと進み、モニターから顔を上げた飯綱は憔悴した様子で唇を開く。
「お前の連れ――初音と爺とか言ったな。
もうアタシには助けらンねぇ。
悪いけど諦めてくれ」