謎多き女、飯綱
「それで、飯綱の家はどこなんだよ?
まさかとは思うけど、吊り橋の向こうにあった幽霊屋敷か?」
軽い皮肉を無視した修験者サマは断崖の行き止まりへ進むと、岩壁にある特徴的な窪みを覗き込む。
何やってんだコイツ?
不審としか思えない行動の数秒後、冷たい岩は音もなく光を放ち、やがて見知った長方形のラインを描く。
この形は……有り得ない!!
驚嘆にも等しい表情で光を見つめていた俺へ向かって、飯綱と名乗った女はやれやれとした態度で話す。
「崖の上にあるのはダミーに決まってンだろ。
女の一人暮らしは色々と物騒でな。
セキュリティ対策には特に気ィ使ってンのさ」
ずっと奇妙な違和感があった。
飯綱の俗っぽい発言には端々から日ノ本人らしからぬ雰囲気が感じられ、更には平然と英語まで口にしている。
しかしながら、この現象は完全に度を超してるだろ!?
最初に行っていたのは多分、虹彩認証だと思う。
瞳の中にある虹彩を使った生体認証システムで、数あるセキュリティで最も精度が高いと言われている技術。
しかも、岩壁から現れたのは――紛れもなく長方形の扉!
何もない所から光る扉が出てくるなんて聞いた事もない。
虹彩認証に関しては、ギリのギリッギリ納得したとしよう。
だが、謎扉は言わずとも実用化などされておらず、もはやファンタジーの領域!
面食らった表情で呆然としている俺へ、飯綱が飄々《ひょうひょう》とした声を掛ける。
「なーに驚いてンだ?
お前だって散々使ってきただろーが。
それよか、さっさと入れや。
おっかねェのが来るからよ」
「散々? おっかねぇのって…あ、おい!」
飯綱はヒラヒラと手を振りながら、平然と光る扉へ吸い込まれていく。
一体どういう技術なのか見当もつかないが、しきりに背後を気にした様子の女媧が俺の手を握って語り掛けた。
『怖いひと…』
規格外の巨体を誇るヘンショウヒキガエルを退けた女媧を怯えさせる存在とはナニモノなのか?
……実は俺もとっくに気づいていた。
背後から迫る言葉に表せない気配…。
初めて会った時の八兵衛さんと同等――いや、それ以上の強大な殺意!
ここで立ち止まっていればどうなるのか、結果は考えるまでもない。
「…行こう」
俺は彼女の手を握ったまま、光の扉へと足を踏み入れた。