ぶっ飛んだ修験者の名は…
「お前ら、アタシを訪ねて来たンじゃねぇのか?
だったら、さっさと帰ンなよ。
ココはそこいらの観光地とは違うンだぜ」
人を小馬鹿にした態度の女は薄紅の鈴懸に本紫の結袈裟を身にまとい、山伏の特徴でもある金の頭巾を着けていた。
「格好なんてどーでもいいのさ。
それより、アタシのキュ~トな顔をよく見とけ」
どうしようもなく軽薄な性格は置いとくとして、確かに顔立ちはかなり整っている方だ。
年齢は多分20歳前後で、大きな額に栗色のショートボブ。
特徴的な三角形の眉毛に気の強そうなツリ目は、負けん気の強そうな性格をそのまま表しているようだ。
身長は150cm程でスレンダーな体型をしており、何よりも目を引くのは背中の黒い翼だろう。
左右一対の翼は自分の意思で動かせるのか、女のブラついた足に呼応して僅かに開閉している。
どうやら本物らしいが、コイツが噂の修験者か?
確かに人間離れしてはいるが、そういう意味じゃないだろ…。
水鳥に似た大きな翼を広げ、音もなく地上へと降り立つ姿は天使に見えなくもないが、性格が全てを台無しにしている感は否めない。
「アンタが修験者――だよな? 俺は…」
「あしなだろ?
お前、結構な有名人だって知ってたか?
いつも楽しませてもらってるぜ」
おいおいおいおい!!
主導権を取りたくても無理!
どうして初対面のコイツが俺の名前を知ってんだ!?
強張る顔を汗を拭うふりで隠し、考え得るパターンを思い返す。
絶対に何かトリックがあるはず!
心理的劣勢のまま女媧との一件を相談しようものなら、見返りに何を求めてくるのか予想もつかない。
だが、必死の思考も空しく、ニヤケ面の女は更に嫌な笑みを浮かべた。
「あー無駄無駄ァ!
いくら考えたって分かりっこねぇよ。
そこの女媧に取り憑かれたンだって?
お前もツイてねぇ野郎だなぁ。ウケル~♪」
やっべー、久しぶりにキレそうだわ。
その上、ここを訪ねた理由まで知ってやがる。
どうするべきか考えあぐねていた時、不意に頭の中に声が響く。
『怖いひと…』
不穏な単語に反応して周囲の気配を探るが、神を怖がらせる程のモノなど谷底には見当たらない。
もしや、目の前に居る修験者気取りの女が恐怖の対象なのか?
チラリと横目で見ると、女は大きな溜め息をついて不機嫌そうに腕を組む。
「やれやれ、また来やがったのかよ。
ここだとアタシまで巻き添えを食っちまう。
仕方ねぇ。チョ~特別に家に入れてやるよ」
「来た? 初音達か!」
不安な心に明かりが灯る。
しかし、俺はどこまでも羽女と相性が悪いらしい。
「違ぇな、もっと厄介な奴さ…。
あーそうそう、アタシの名前は飯綱ってンだ。
親しみを込めて飯綱様と呼べよな」




