白昼夢
いつもそうだった。
彼はいつも危険に対して常に注意深く、自分を犠牲にしてでも俺達を守ろうとしてくれる。
だからこそ、甘えてばかりもいられないんだ。
「八兵衛さん、お気持ちは嬉しいのですが元を辿れば俺の問題なんです。ここは俺が……」
最後まで言わせてもらえなかった。
彼は何も言わずに進み出ると最初の一歩を慎重に確かめ、恐れる事なく橋を渡っていく。
後ろ姿から滲み出る覚悟を目にした俺達は固唾を飲み、一心に八兵衛さんの無事を祈る。
断崖に架かる長さ30m程の橋は時折強風に煽られて激しく揺れ、そのたびに思わず息を飲んだ。
それでも怯まず歩みを進める彼は、所々に点在する朽ちた部分の強度にまで気を配り、ようやく橋の袂に到着した。
「半ばの橋板が数枚抜けておりまする!
足元に御気をつけくだされ!」
緊張した面持ちの初音が俺の方へと振り返り、無言のアイコンタクトを経た後に、ギンレイを伴って橋へと進み出る。
ドラム缶を捨てて身軽になったとはいえ、たった一人で何の安全対策もしていない吊り橋を渡るのは恐怖でしかない。
「慎重にな! 落ち着いて渡るんだぞ!」
「わ、分かっておる!」
断崖の底を凝視したまま一歩ずつ歩く初音。
少し前を先行するギンレイは橋の傷んだ部分を正確に嗅ぎ分け、腐った木材を踏み抜かないように吠えて注意を促す。
こうして遠くなっていく後ろ姿を見ていると、何故か――妙に胸が締めつけられる思いを抱く。
自分でも理由が分からず、忘れてしまった夢の続きを思い起こすかのような、どこか白昼夢に浮かされた感覚が漂う。
「よし、次はあしなの番じゃぞ!」
「…………え? あ、あぁ…」
いつの間にか渡り終えていた初音の声で我に返る。
俺はどれくらいの間、呆けていたんだ?
目の前で揺れ動く吊り橋の恐怖よりも、先程まで垣間見ていた白昼夢の続きが気になってしまう。
「俺は――ここを訪れた事がある……」
絶対にあり得ない。
そのはずなのに…この既視感は一体……。
「あ、あしなぁぁあああ!!」
「揺れ……え……?」
古びた縄が裂ける音が谷間に響き、遠ざかる初音の姿が夢の続きと重なる。
互いに伸ばした指先の行方。
その先を知る者はいない――。
俺は振り絞った声と共に、暗闇の待つ谷底へと飲み込まれていった。
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