老侍の秘めた特技
「貴方が…ですか?
俺の体なら痛みはありますが大丈夫です。
八兵衛さんだって怪我をしているんですから、無理をしない方が…」
「当方を武芸ばかりが頼りの猪武者だと思うておるのか? あまり当方を軽く見るでない。
要らぬ心配は無用だ。お前は休んでおれ」
ぶっちゃけハラキリしようとした相手に刃物を持たせたらアカンと思うのだが…。
俺はそれとなく気遣う言葉を掛けたのだが、結果は変わらなかった。
彼は自分がやると言って聞かず、結局バケツとナイフを持って食事の用意を始めた。
しかしながら、鰻を食べ慣れていない姫サマから、すかさず食わず嫌いという名のクレームが入る。
「お主らはこれを食すと言うのか?
このニョロニョロヌルヌルを!?」
信じられないといった表情で指差す初音。
俺には美味しそうに見えるんだけど、食べた事のない人にしてみれば、蛇みたいな気味の悪い生き物に思えるのかもしれない。
「いやいや、こう見えて美味しい魚なんだってば! …魚に見えないかもだけど」
未だに疑う初音をよそに、八兵衛さんは見事な手際で捌いていく。
ナイフを扱う所作は明らかに手慣れており、鰻をまな板に固定する千枚通しすら使わずに背開きを行う姿は、熟練した板前の技を見ているようだ!
飯盒を扱う手つきも堂に入った余裕に満ち、あっと言う間にヌマタイネの炊飯準備を整えた。
「姫様に手ずから振る舞う機会であるからな、昔ながらの串焼きも御用意致そう」
「鰻の串焼きですか?
初めて聞く調理法だなぁ」
ひつまぶしや蒲焼きが代表されるように、大抵は開いて調理するのが一般的だと思っていたので、串に刺すという発想は全くなかった。
注目の手順は――ヌメリを取った後、頭を切り落として串に突き刺すだけ!
更には内臓も取らないまま下ごしらえを完了し、味付けに使った調味料も醤油と日本酒のみとする辺り、本当に昔ながらの調理といった感じだ。
「開きの方は少し趣向を凝らす。
当方が留守の間に酒、醤油を用意しておいたのは良い判断だ。サンシュウショウ味噌はあるか?」
「味噌はハトマメムギから作っておきました。
サンシュウショウを加えると辛味が増して食欲不振に効果がありそうですね」
腕を揮う八兵衛さんはどこか楽しそうで、俺の発言にも小さく頷いて同意を示すほど上機嫌な様子。
軽く茹でたサンシュウショウを潰して味噌と醤油、酒と砂糖を練り合わせた物を鰻の開きにたっぷりと塗って焼き上げていく。
こちらは俺にとっても馴染みのある蒲焼きスタイルで、隣では見慣れない串焼きが並ぶ光景は実に珍しい。
次第に醤油や味噌が焼ける香ばしい芳香が立ち上ぼり、豊満な脂肪を蓄えた身が色づき始める。
「ほぉ……ぉぉ……な、なるほどのう」
当初は無関心を装っていた初音も、匂いに誘われて俄然興味を惹かれ始めたらしい。
ギンレイはいつも以上に尻尾を振り乱して、料理の完成を今や遅しと待ち望む。
俺も本物の武士が作った手料理を食べれるとは夢にも思わず、未知の体験に興奮を抑えきれないでいた。
じっくりと焼き色を見極めた末、こだわりの老侍が遂に待望の台詞を口にする。
「御待たせした。波切り八兵衛の心尽くし、ヒノモトオオウナギの焼き料理で御座る」