走り出せ恋心! (初音視点)
「それにしても珍しいのう。
爺がワシの我儘を聞き入れるとは…。
初めての事ではないかや?」
「特段初めてという訳では御座いませぬ。
それより、姫様が我儘を口になさっておられるという認識があると分かり、当方は心より安堵した次第に御座る」
なんとも遠回しで癪に障るのう!
これなら一人で出た方が遥かにマシじゃ!
さりとて、一人では絶対に許可などせぬ事は先刻承知しておる故、致し方ないわ。
「このまま進めばヌマタイネの群生地に辿り着く。
其方、足の具合はどうじゃ?」
何気なく聞いたつもりじゃったのに、爺の奴は不意に立ち止まると急に泣き出しよった!
感情の高低差で邪風になりそうじゃわい!
「姫様が…当方の身を案じてくださるとは…!
この恩義、一命に代えても御返し申す!」
正直、めっちゃ面倒くさい…。
しかしながら、物心ついた頃からのやり取りに、妙な居心地の良さを感じておるのは紛れもない事実。
「爺は相変わらず大袈裟じゃのう。
家を出る以前も度々《たびたび》気遣ったであろう?」
「否否! 初音姫様は暫く見ない内に、随分と御変わりなされた! なんと申し上げますか…こう、丸くなられた」
血管キレそうなんじゃけど?
落ち着け……あくまでも性格の話。
決して、決して体型の話ではない!
「ほ、ほう…。して、どのように変わった?
爺の観点から遠慮なく申してみよ」
「ははっ、恐れながら申し上げまするに、あの葦拿という若者が関係していると愚考致しておりまする」
あしなが?
意味が皆目分からぬ。
ワシが変わった事と何か関係しておるのか?
だが、ここで気づかぬと察しが悪いと思われるので、それとなーく分かったふりをしておくかのう。
「ふむ、あしなか。爺から見てそう思ったのなら、そうなのやもしれぬな。」
おお、我ながらフワッとした言い回し。
何も分かっておらぬのに、実に黒幕っぽいのう!
「出自は不明なれど、葦拿には家臣としての素養があるかと存じ上げます。姫様の御側に置いては如何でしょうか?」
「あしなを…召し抱える…」
考えた事もなかった。
爺にあしなを所有物と言うたのは、本当に首を切り落とす勢いだった故、半分は方便に過ぎなかったのじゃが…。
「姫様も少なからず葦拿に御好意を感じておられる様子。縁談前ですが多少の火遊びには目を――」
え?
好意って……ワシが……あしなを!?
「な、な……好……ばっ!
うがぁぁああああ!!」
「姫様!?」
頭が沸騰して何がなんだか…。
後の爺曰く、突然乱心したと思ったら森の中を暴走し始めた――らしい。
自分でも驚くほど記憶にないがのう…。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄