捕食者への反逆
「コイツが…ずっと感じてた視線の正体か!
こんな生物……『異世界の歩き方』にも載ってないぞ! 本当に……魑魅魍魎なのか…!?」
想像していたよりも遥かに異様な姿に、思わず言葉を失う。
――デカ過ぎんだろ…!
日本酒風呂の落とし穴にハマって動けなくなっているのは、体長2mを超す巨大な蛙!
顔の大部分は飛び出た目玉と口で構成され、普段は喉奥に収納されている長大な舌も、酩酊状態に陥った影響でだらしなく垂れ下がったままだ。
あの伸び縮みする舌で攻撃していたのか…。
体の表面はアルコールによって赤く変色してはいるが、所々に色合いの異なる模様を持ち、まるで光る鳥避けみたいな斑点が無数に蠢いている…。
時折、思い出したように体の一部が明滅を繰り返し、ライトに照らされた空間に現れては消えるという現象を起こしていた。
以前ホームに居た頃、マブナフナという光を反射させて周囲に溶け込む魚を釣った事があったので、もしやと思ってはいたのだが……。
呆然とする俺に向かって八兵衛さんの鋭い声が飛び、ようやく意識を取り戻す。
「愚か者! 敵を討ち取るまで油断するな!」
叱咤と共に飛来したカーボンシャフトの矢が蛙を捉え、深々と突き刺さる!
傷口から吹き出す体液を目撃し、改めて歴とした生物である事を目の当たりにする。
八兵衛さんは油断なく放った続く二矢、三矢も正確に命中させ、初めて手にした洋弓を早くも使いこなしているようだ。
流石は武芸百般、九鬼家武芸指南役の看板に偽りなしの腕前を見せつけた。
「ワシも珍しい弓を使ってみたいのに~!
爺! それを貸すのじゃ!」
「当方もまだ手に馴染んでおりませぬ故、危のう御座います。姫様は石でも投げていてくだされ」
いや、慣れてないとか言って百発百中なんですけど…。
不満げに頬を膨らませる初音は渋々石を拾い上げ、不恰好な投擲モーションを経て投げつけた瞬間、閃光を思わせる剛球が森の木々を薙ぎ倒した!
驚きのあまり、見ただけで顎が外れてしまう威力を叩き出した反面、的である蛙から大きく外れた場所に着弾し、土煙を舞い上げる倒木を見て再び肝が凍りつく。
「おい! どこ狙ってんだ!
つーか、ギンレイに当たったら……アホか!」
「阿保じゃとぉ!?
ちょっと外れただけで騒がしいんじゃ!」
「貴ッ様ァァアアア!
姫様を愚弄するとは許さんぞ!!」
…既にチームワークがグダグダである。
化け蛙をもう少しで追い詰められるところで始まった意味不明な仲間割れ。
その最中、奴は不気味に肥大した瞳で俺達の様子をうかがい、反撃の隙を狙っていた。
視線を反らしたのは僅か数秒。
だが、その短時間の間に蛙は驚くべき行動に出たのだ。
「なんだ? 急に辺りが暗く……。
奴に光が集まって――違う!
これは……吸光しているのか!?」
信じられない…。
先程まで三方向から目映い光に囲まれていた化け蛙の周囲は、穴が開いたと錯覚してしまうような暗闇へと変貌を遂げ、姿すら見えなくなっていた!
そして、尋常ならざる波動が大気を震わせた直後、圧倒的な光の波が押し寄せ、俺達を丸ごと包み込む!