決戦の時
「これで……ヨシッと」
ツチナマズの蒸し焼きに使った穴に土を被せ、最後に目印を立てておいた。
こうしておけば、初音達がうっかり足を踏み入れる事はないだろう。
着々と準備が進む一方、懸念していた八兵衛さんの怪我は歩くだけなら問題ないのだが、激しく動くと再び傷が開く恐れがあった。
彼は矢面に立てない事を残念がっていたが、俺としては初音を強引に連れ戻そうとしなかっただけでも十分に有り難い。
もっとも、彼女の気性と腕力を知っているのなら、そんな手段で解決するはずがないのも重々承知なのだろう。
「……来たな」
呟くと同時に、ギンレイの激しい声が響く。
相変わらず姿は見えないが、ようやくの御到着といった感じか。
「初音の予想通り、女媧の姿はどこを探しても居ない――だけど…」
鬼の巫女曰く、死々ヶ淵であれだけ強力な神力を使ったのであれば、大神であったとしても相応に消耗して動けなくなってしまうらしい。
未だに女媧が敵なのか、それとも味方なのかは判然としないが、今は目前に迫る脅威に対応しなければならないのだ。
「事前の準備は万端……とは言えないな」
だけど、最低限の要素は土壇場で揃えた。
そう、不可視の化物を殺せるだけの要素を!
「ギンレイ! 相手と距離を取るんだ!」
指示を受けたギンレイは、暗闇の奥から繰り出される見えない攻撃を野生の本能と優れた感覚で掻い潜り、回避可能なギリギリの距離を見極めていた。
最高の相棒が奴を引きつけている内に、首に下げた笛で合図を送る。
両雄の激しい立ち回りの傍ら、暗闇から聞こえてくる二つの音を確認した俺は猛然と走りだした。
ギンレイはジリジリと後退しながら、事前に決めておいたポイントへ向かって巧みに誘導を行う。
時々本当に錯覚するけど、ギンレイは人間の言葉が分かるんじゃないか?
それ程までに賢可愛い我が愛犬なのだよ。
彼の奮闘によって計画は完璧に遂行され、再び笛を吹くと各々の方向から配置完了を知らせる音が鳴った。
「コソコソと隠れて散々ブン殴ってくれた礼……まとめて返してやるぜ!」
その瞬間、ギンレイの背後から目も眩む光が発せられ、真正面から直視した不可視の化物は攻撃の手を緩めた。
まさに計画通り!
そして、間を置かず別方向からも照射される光。
八兵衛さんは未知の道具に戸惑ってはいたものの、本番ではちゃんと扱えたようで安心した。
この日の為に買っておいたポータブルソーラー充電器(32000ポイント×3台!)が無駄にならなくて良かったよ。
「10000ルーメンのスタンド型LED投光器だ!
これだけ強い光なら目も開けてられねぇだろ?」
小屋に居た時からポータブルソーラーを買って充電しておいたのだが、天候不良が続いていたので間に合うのか冷や冷やしていた。
充電器によって使えるようになった大光量を誇るLED投光器。
ぶっちゃけ過剰としか思えない。
主に災害時や交通整理に使用されるのだが、キャンプで使えば間違いなく他キャンパーからクレームが入るレベルだろう。
それを同時に三方向から浴びせられた化物は攻撃するどころではなく、光から逃げるように後退を余儀なくされているのは地面に刻まれた足跡が如実に物語る。
はたして奴は気づいているだろうか?
自分があるポイントへ追い込まれているという事に!
「たっぷり奢ってやるよ。
あしな特製、ヌマタイネの日本酒風呂をな!」
使える物は何でも使うのが俺の主義。
ツチナマズの蒸し焼きで掘った穴を利用した即席の落とし穴には、長らく愛用していたドラム缶が埋没してあり、そこには容赦なくアルコール度数を高めた日本酒が注がれていた。
文字通り、全身で浴びるほど飲めばどうなってしまうのか――今こそ、不可視のベールが剥がされる!
「う……わぁ…………なんだよ…コイツ…!」
これなら見えない方がマシだったかもしれない。
常人なら卒倒する量のアルコールを飲まされた結果、化物は急激に体色を変化させて正体を現した。
見た事も、想像すらした事のない醜悪で巨大な化物が、不気味な瞳で俺を睨みつける!