巨大ツチナマズの姿蒸し、古代米の日本酒を添えて
人類伝統の調理法で作り出したのであれば、食べ方もそれに倣うべきだろう。
ここは野趣豊かに地べたに座って出来立ての料理を味わうとしよう。
「やれやれ、ようやく御披露目かの。
どれ、ギンレイを喰らったという魚めを、今度はワシが喰ってやるとするか。おお、純白の身は柔軟さと絶妙な歯応えが両立しておる!」
勝手に愛犬を殺すんじゃない。
ちなみにギンレイは食われたけど生きてます。
そういえば…この魚、マジに何でも食べてたんだよな……。
余計な事を思い出して箸を止めてしまう。
隣に座る八兵衛さんは鼻を鳴らして料理を口に運ぶと、諭すような口調で独り言を呟く。
「自然に身を置くという事は、獣と対等の関係になるという事。だがな、決して同列になってはならん。敵であったとしても常に相手を敬い、討ち取った後は丁重に扱うべきなのだ」
言い終えると無言のままナマズを口にする。
ここで言う丁重に扱うとは、残さず食べて供養するべきという意味なのを態度で示す。
実に武骨で守役らしい考えだ。
気後れしていた俺は改めて箸を進めると、荒れ狂っていたツチナマズの隠れた一面に驚く。
「なん……て…上品な肉質なんだ!
恐ろしくデカいのに全然水っぽくない…。
どころか、ウナギよりもずっと歯応えがあって――旨い!」
正直、沿岸地域に住んでいるとナマズを口にする機会は滅多になく、意外と旨いらしいという情報だけが独り歩きしていた。
しかし、こうして口にしてみると噂通り…いや、想像よりも遥かに旨い魚だ。
よく引き合いに出されるウナギと比べ、旨味は劣ると聞いていたが全くそんな事はなく、むしろ弾むような弾力の歯応えは噛むたびに濃厚な脂が溢れ、口内を豊かな旨味で埋め尽くす勢いだった。
いやはや……貧乏大学生が味わうには少し贅沢過ぎるな。
「ギンレイよ、お前も敵討ちするがよい」
初音は冷ました身を竹皿へ盛り付け、ギンレイの前に配膳している。
だから死んでねぇってば!
「文字通り山ほどある。
しっかり喰って次の戦に備えよ」
八兵衛さんがギンレイに向ける眼差しはどこまでも優しく、自分の孫に対して武士の心構えを説くようだった。
なるほど。
初音の父親が彼を教育係り兼ボディーガードに選んだのも納得なのだが、初音本人はどうしてこうもズボラに育ってしまったのか…。
コイツ、自分の洗濯は下着まで含めて、全部俺に任せてるんだぜ?
まるでヒモ男になった気分を、まさか異世界で体験するとは思ってもいなかった。
「幻の大鯰は絶品じゃのう。
手ずから仕込んだ酒の肴にはもってこいぞ」
出来上がったばかりの日本酒を飲む初音は上機嫌で、八兵衛さんへ盛んに勧める。
正直、怪我人にアルコールを飲ませるのはよくないのだが、昔の戦場では当たり前に行われていたので敢えてスルーした。
「日本酒…といっても濁酒なんだけど、自分で種麹から作ったのが今でも信じられないよ。
しかも、こんなにも飲みやすいなんてさ」
こう言っては何だがアルコール類の中でも日本酒は苦手な部類で、飲み会の席でも遠慮する事が多かった。
今回かなり苦労して発酵石を手にした経緯もあり、お試し感覚の軽い気持ちで飲んでみたのだが、こんなにも旨い物を避けていたなんて人生の大損だろ!
「素材の持つ甘味。少々角のある味わいながらも、古来の風味と思えば一興である」
八兵衛さんは古代米のヌマタイネから作った濁酒が気に入ったのか、普段よりも随分と饒舌に語っている。
その姿は様になるというか、年月を経た老木が帯びる神妙な雰囲気すら感じさせた。
うん、歳を取るならこういうのが良いなぁ。
「爺も言うではないか。流石は九鬼家唯一の人間にして、武芸指南役まで務めた男よ」
「姫様、それは昔の話に御座る」
八兵衛さんは酒を置いて謙遜するが、珍しく顔が赤い。
ほぉ~、こんな表情もするんだな。
「ん? 八兵衛さんの他は全員が鬼属なのか?
どうして八兵衛さんは人間の城主に仕えなかったんですか?」
思わず聞き流してしまった疑問を口にする。
初音と一緒に旅をしていて痛感するのは、その食欲と人間離れした圧倒的なパワーによって、本人にその気がなくても大怪我を被る可能性が常にあるという事。
「そういえばワシも聞いておらんかったな。
よい機会じゃ。宴席の肴に聞かせてくれぬか」
想定外の疑問を投げ掛けられた男は僅かに迷いをみせた後、焚き火に照らされた寡黙な唇を開いた。




