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日本酒作りと神秘の発酵石

「1刻(約2時間)で酒を作るじゃと!?

 お主、今から米麹こめこうじを作るだけでなく、そこから酒まで作るのに何日掛かるか知っておるのか?」


「もちろん知ってる。

 とてもじゃないが映画一本観てる間に酒を作るなんて無理だろう。()()()()()


 昨日の内に脱穀して水を含ませておいたヌマタイネを、Awazonで購入した飯盒はんごうを使って蒸す。

 これもキャンプではお馴染みの炊飯道具なのだが、八兵衛さんは奇妙に湾曲した鉄の箱に興味を惹かれたようで、どうして曲がっているのか知りたがっていた。


「確かに不思議っすよね。

 聞いた話だと意図的に曲げておく事で、炊く際の対流を促して均一に火が通るようにしてるそうです」


 初めて飯盒はんごうを使ったのは、忘れもしないキャンプデビューの日だった。

 あの時は分からない事ばかりだった俺が、今では異世界でキャンプしているだなんて想像すらしてなかったなぁ。


「なるほど、簡易なれど考えられておる。

 別世界……とはな。無駄に生きながらえた末に、珍妙に出会うとは数奇すうきなものよ」


 まただ。

 彼は自嘲じちょうを含んだ言葉を最後に、ギンレイを伴って課せられた務めである火の番へと戻っていった。

 その背中は何か――言葉に出来ない陰を背負っているように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか……。


「あしなよ、米が炊けておるぞ」


「お、おお…そうだな。」


 布巾に米を敷き詰めていき、竹製のしゃもじで米をならしながら種麹たねこうじが繁殖しやすい温度域である30~40℃まで冷やす。


「ここの温度管理は職人のわざじゃ。

 把握できねば途端に米が痛んでしまうぞ」


「微妙な温度変化を手で覚えるってやつか。

 それもキッチリ対策済みだよ」


 種麹たねこうじはおよそ人の体温と同じくらいの温度を維持しなければならず、高過ぎると箘は死んでしまうし、低過ぎても繁殖しない。

 けど、そんな繊細な温度管理をド素人の俺が分かるハズもなく、懐から取り出したのは文明の利器、温度計だ。

 これさえあれば簡単に狙った温度が分かる一方で、昔の職人さんは手の感覚だけで作っていたと考えると本当に恐れ入る。

 初めて温度計を見た初音は何に使うのか想像もつかなかったようだが、蒸した米に当てて変化する数字を目にすると、即座に用途を理解した。

 この辺りの柔軟な思考は流石だな。


「なんじゃこれ!? ちーとじゃ!

 こんなのズルっこ以外のナニモノでもないわ!」


 ……まさか温度計を使うだけでチート呼ばわりされるとはな。

 まぁ、その表現も含めて別世界の技術や考えに驚くべき早さで対応出来るのは、素直にすごいと思う。

 だけど、驚くべきチートアイテムは異世界にだって存在するんだよ。


「後は種麹たねこうじを均一に振って米と混ぜ合わせ、ここで満をして発酵石の初御披露目デビューだ」


 巨大ツチナマズの胃袋から採取した発酵石を、敷き詰めた米の上で静かに転がしていく。


「たったこれだけかや? 随分と苦労して手に入れたのに、一体なんの意味が……おお!?」


 見る間に艶を帯びた米に変化が生じ、驚異的な速度で菌糸きんしが伸びて増殖していく!

 その様子は炊き立ての米が納豆へと生まれ変わるかのように、唐突にして異様とも呼べる光景だった。

 異世界の住人である初音でさえ驚愕きょうがくし、初めて目にした現象に声も出ない様子。

『異世界の歩き方』で情報だけは知っていた俺も、ぶっちゃけ有り得ない現象に引いてしまった。


「あ、あしなよ……これは……なんじゃ…?」


「何って……お前の住む世界の事だろ?

 俺に聞かれたって説明のしようがねーよ…」


 本来ならば数日かけて行う工程が僅か数分の内に完了してしまった事に、それぞれの世界の住人が引いてしまうという、奇妙な構図を生み出した発酵石。

 ――まだまだ異世界の謎は尽きそうにない。

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