ともだち
「腰物を寄越せ! 愚図愚図するな!」
「は、はいッ!」
八兵衛さんは手渡したナイフを使って巨大ツチナマズの腹を裂くと、胃の中にいたギンレイを抱き起こした。
鬼気迫る勢いではあったけど、初めて会った時には感じなかった『誰かを労る気持ち』が伝わってくる。
この人……厳しいだけじゃない。
こんなにも優しかったんだな。
「ギンレイ! しっかりせい!」
呼び掛けても目を開けない…。
なおも諦めない声が洞窟に響く。
「どうした! 立て! 立ってみせよ!
それでも誇り高きタテガミギンロウの子か!」
この短い時間で何が起きたのかは分からない。
だけど、今ならハッキリと断言できる。
二人は――友達になれたんだと。
「ギンレイ! おぉ、気がついたか!
よいぞ、お前は波切り八兵衛が認めた強い子だ」
ツチナマズの体内に囚われていたギンレイはかなり衰弱してはいるものの、意識を取り戻すと八兵衛さんの周囲を駆け回った。
ずっと厳めしい表情を崩さなかった老人はようやく安堵の息をつき、何度も頷いてギンレイの体に付着した胃液を拭う。
緊張に満ちた空気が緩やかに解け、穏やかな雰囲気が徐々に流れる中、愛犬が何かを咥えている事に気づく。
「石…? いや、これは――発酵石!
そうか、これだけの大物なら体内で生成されていても不思議じゃない! よくやったぞギンレイ!」
思わず胴上げしてしまいそうになるのを堪え、大手柄を理由にして俺と八兵衛さんは存分に愛犬を撫でまくるのであった。
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「お主ら…その様はどうしたというのじゃ!?」
「いやまぁ、色々あったとしか……」
初音の元へ戻れたのは日の沈む夕方頃。
八兵衛さんは自分よりもギンレイの治療を優先するように言っていたが、どう見ても放置できるような浅い傷ではなく、説得と治療にかなりの時間が掛かってしまったのだ。
武士という職業柄、負傷に対して慣れているのかもしれないけど、現代人の俺からしてみれば友人に失血や感染症のリスクがあるのなら、決して見過ごす訳にはいかない。
「遅参してしまい申し訳御座いませぬ。
ただいま御食事の御用意を致します」
「ええ!? ちょっ…ダメですって!
食事なら俺が作りますから休んでて下さいよ」
やはりと言うべきなのか、彼はまた無理をしようとしたので慌てて止めた。
そして、案の定と言うべきなのか初音の料理は見事なまでに失敗しており、三匹のツチナマズはダッチオーブンでトロトロに煮込まれ、世にも珍しい魚スープが完成していた。
一体どんな味なのか……想像も出来ない。
「爺よ、其方は傷が癒えるまで養生せよ。
これはワシからの命…いや、願いじゃ。
此度ばかりは聞いてくれるな?」
「姫様……寛大なる御気遣いの御言葉、波切りの老体には余る命に御座る…!」
八兵衛さんは感動で涙を流し、心配したギンレイが駆け寄ってしきりに鼻を鳴らす。
紆余曲折あったけど、頑固一徹な彼が納得してくれて一安心だ。
「それは良いとして、どうすんだ? これ……」
目の前には体長1mにもなる巨大ツチナマズが横たわっている。
昔っぽい台詞は難しいなぁ。
違和感なく読めてますか?
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