奇妙なパートナー (八兵衛視点)
「貴様、どこまで付いてくるつもりだ?
見たところタテガミギンロウのようだが…」
『ようだ』と表した理由は実に単純明快。
時には鬼属の侍ですら狩りの対象とするタテガミギンロウとは思えないくらい、人懐こい気性を持つ個体を見るのは68年も生きているというに初めての事。
このように惰弱な個体が厳しい自然の中で生きられるはずがない。
恐らく、生来の気の弱さを見抜いた親に捨てられたのであろう。
まさしく、あの馬骨にお似合いの犬だ。
「どうでもよい。
それよりも、姫様の御口に合う根菜を探さなければ…」
思えば大殿に仕えて50年。
研鑽を重ねた武をもって九鬼家に奉公してはいるものの、戦で功を立てる機会にも恵まれず、姫様の守役として20年が過ぎようとしていた。
その間、様々な事があったな……。
まさか、あのような事態を招くとは予測も叶わず、殿の心痛を和らげる為に随分と奔走したものだ。
「はぁ……」
未だ姫様は子供のように勝手気ままに振る舞い、父君であらせられる九鬼 澄隆様のお気持ちを少しも察しようとしてくださらない。
当方の教育は間違っていたのだろうか?
「何だ…犬の癖に、妙な気遣いなど無用ぞ」
見ればタテガミギンロウ――名をギンレイと言ったか?
頻りに当方の足に絡みついて鳴いておる。
「あぁ、そういえば……昔も…あったのう…」
在りし日の妙天院様に連れられ、初めて初音姫様に謁見した時も当方の顔が怖いと泣いておったわ。
――あれから20年か…。
「……馬鹿馬鹿しい!
斯様な畜生に幼き日の姫様を重ねるなど、狂惑の極みに他ならぬ!」
馴れ馴れしい犬を一喝し、森の奥へ足を進めていくと奇妙な穴を見つけた。
熊ではない。
沼地に接する湿った穴は幅3尺(約90cm)にも及び、周囲は灰色の濁った粘液に被われている。
「何の穴か知らぬが…当方にはあずかり知らぬ事。
どうでも…む、おい!」
なんと気紛れな駄犬か!
わざわざ穴に向かって吠えるなどと…莫迦めが!
だが、暗闇の奥から滲み出す強烈な気配は――熊など比較にもならぬ!
「ギンレイ! 足元に注意せい!」
研鑽によって会得した勘がざわめく!
その瞬間、灰色の泥沼から突然姿を現した化物は一息で犬を飲み込み、そのまま穴の奥へと消えてしまった。
余りに唐突であり、対処する暇さえなかった。
「なんたる不覚!
この波切り八兵衛が不意を打たれるとは…!」
あの時、犬が吠えて知らせていなければ、襲われていたのは当方だったやもしれぬ。
畜生の分際で余計な真似を……。
このまま…おめおめと戻り、犬を失ったと聞いた姫様はどのような御顔をなさるだろうか…。
「別に感化された訳ではない。
姫様の悲しむ顔が見たくないだけだ!」
世話の焼ける莫迦犬め!
気づけば脇目も振らず、穴へ向かって全速で駆け出していた。
道中を塞ぐデイドモグラの群れを撃ち破った際、愛刀は折れてしまったが関係ない。
「たとえ刀は折れて果てたとしても、当方の忠義に一片の偽りなし!」