表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/300

奇妙なパートナー (八兵衛視点)

「貴様、どこまで付いてくるつもりだ?

 見たところタテガミギンロウのようだが…」


『ようだ』と表した理由は実に単純明快。

 時には鬼属きぞくの侍ですら狩りの対象とするタテガミギンロウとは思えないくらい、人懐ひとなつこい気性を持つ個体を見るのは68年も生きているというに初めての事。

 このように惰弱な個体が厳しい自然の中で生きられるはずがない。

 恐らく、生来の気の弱さを見抜いた親に捨てられたのであろう。

 まさしく、あの馬骨ばこつにお似合いの犬だ。


「どうでもよい。

 それよりも、姫様の御口に合う根菜を探さなければ…」


 思えば大殿に仕えて50年。

 研鑽けんさんを重ねた武をもって九鬼くき家に奉公してはいるものの、いくさで功を立てる機会にも恵まれず、姫様の守役もりやくとして20年が過ぎようとしていた。

 その間、様々な事があったな……。

 まさか、あのような事態を招くとは予測も叶わず、殿の心痛を和らげる為に随分と奔走ほんそうしたものだ。


「はぁ……」


 未だ姫様は子供のように勝手気ままに振る舞い、父君であらせられる九鬼くき 澄隆すみたか様のお気持ちを少しも察しようとしてくださらない。

 当方の教育は間違っていたのだろうか?


「何だ…犬の癖に、妙な気遣きづかいなど無用ぞ」


 見ればタテガミギンロウ――名をギンレイと言ったか?

 しきりに当方の足に絡みついて鳴いておる。


「あぁ、そういえば……昔も…あったのう…」


 在りし日の妙天院みょうてんいん様に連れられ、初めて初音姫様に謁見した時も当方の顔が怖いと泣いておったわ。

 ――あれから20年か…。


「……馬鹿馬鹿しい!

 斯様かような畜生に幼き日の姫様を重ねるなど、狂惑の極みに他ならぬ!」


 れしい犬を一喝し、森の奥へ足を進めていくと奇妙な穴を見つけた。

 熊ではない。

 沼地に接する湿った穴は幅3尺(約90cm)にも及び、周囲は灰色の濁った粘液に被われている。


「何の穴か知らぬが…当方にはあずかり知らぬ事。

 どうでも…む、おい!」


 なんと気紛きまぐれな駄犬か!

 わざわざ穴に向かって吠えるなどと…莫迦ばかめが!

 だが、暗闇の奥からにじみ出す強烈な気配は――熊など比較にもならぬ!


「ギンレイ! 足元に注意せい!」


 研鑽けんさんによって会得した勘がざわめく!

 その瞬間、灰色の泥沼から突然姿を現した化物は一息で犬を飲み込み、そのまま穴の奥へと消えてしまった。

 余りに唐突であり、対処するいとまさえなかった。


「なんたる不覚!

 この波切り八兵衛が不意を打たれるとは…!」


 あの時、犬が吠えて知らせていなければ、襲われていたのは当方だったやもしれぬ。

 畜生の分際で余計な真似を……。

 このまま…おめおめと戻り、犬を失ったと聞いた姫様はどのような御顔をなさるだろうか…。


「別に感化された訳ではない。

 姫様の悲しむ顔が見たくないだけだ!」


 世話の焼ける莫迦ばか犬め!

 気づけば脇目も振らず、穴へ向かって全速で駆け出していた。

 道中を塞ぐデイドモグラの群れを撃ち破った際、愛刀は折れてしまったが関係ない。


「たとえ刀は折れて果てたとしても、当方の忠義に一片のいつわりなし!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ