これも守役としての務めなり
翌日、濃密な朝霧の立ち込める泥沼地は静まり返り、灰色の鏡を思わせる滑らかな水面は、幻想的な雰囲気に包まれていた。
――はずだったのだが……。
「くわぁぁあああ!
朝っぱらから草など喰えるかぁぁあああ!!」
「姫様、肉ばかり食すのは感心致しませぬ。
湯通しした野草も口にしてくだされ!」
御覧の有り様である。
多分、普段からこんな風に手を焼いていたんだろうなぁ。
メッッチャクチャ分かるわ~。
次に初音が言い出しそうな事は手に取るように予測できる。
俺は残しておいたクチバシカモノのタマゴを使い、朝食の準備を進めておく。
その傍ら、遠くから二人の会話が流れてきた。
「姫様、少し見ぬ間に目方(体重)が増えたのではありますまいか? これも普段の食生活が乱れておる証拠ですぞ!」
「なぁ!? おま……なん…たる侮辱!
守役とはいえ、あまりに無礼であろう!!」
思わず笑ってしまう。
八兵衛さんは初音の身を案じて小言を口にするが、当の初音はそれが耳障りで仕方がないといった感じだ。
彼はまさに実直な武辺者といった性格なので、直情的な姫サマとは衝突が絶えないのだろう。
それでも全然諦めない辺り、本当に真面目な人だと思う。
「お待たせ。朝食にスクランブルエッグを作ったんですけど、一緒にどうっすか?」
「すくら……なんだと?
貴様、余計な真似をせずともよい!
このような小手先の料理で姫様が満足され――」
「おぉ、これは旨そうじゃのう!
しかも山盛りではないか!
流石はあしなじゃ! よう分かっておる」
ガッツリと落ち込む八兵衛さん。
なんだろうね……この表現できない罪悪感は。
「と、取りあえず食事にしましょうか」
真っ白に燃え尽きた老臣を半ば強引に座らせ、竹コップに入れた水と料理を配膳する。
主食としてハトマメムギで作った粉からパンを焼いてみたのだが、出来立てのスクランブルエッグを挟んでみると、これがシンプルながらも絶品!
ふっくらとした食感に素材が持つ甘味が楽しめると同時に、岩塩を利かせたスクランブルエッグの旨味が活力を与えてくれる。
確かに食はバランスが大事だ。
とはいえ、サバイバルじみた生活に加え、追っ手を意識して連日移動する旅ではどうしても偏りが出てしまうのだ。
「このような物で姫様の機嫌を取りよって!
……まぁ、よいわ。例の一件を肝に銘じよ。
それと姫様の御召し物を洗濯しておくように。
当方はその間、野草と根菜を集めておくのでな」
『初音の機嫌を取って帰るように促せ』
昨夜、八兵衛さんとの間で取り交わした密約だ。
やれやれ、あの人も苦労が絶えないね。
しかも、自分から野菜探しを買って出てくれるとは実に助かる。
そのまま彼は一頻り小言を口にした後、配膳した料理を残さず食べて森の奥へと姿を消したのだった。