精根枯れ果てし者
「おーい、帰ったぞー」
「おっそーい! いつまでワシを待たせるつもりじゃ! お陰で珠玉の肌がふやけてしもうたわ」
いや、一緒に風呂に入ろうなんて一言たりとも口にしてないっつーか、俺が言うワケねーだろ。
ドラム缶から伸ばした足がクイクイと手招きしていたが無視させてもらった。
辺りを見回すとピカピカの毛並みに生まれ変わったギンレイが、タープテントの下で不機嫌そうに寝ている。
あのまま苦手な風呂に長時間付き合わされたのだろう。
毎度毎度、彼の献身には頭が上がらない。
「はぁ~~甲斐性なしめ。
……やはり、これも女媧様の影響かのう」
「は? 俺が混浴を拒否った事と女媧に何の関係があるってんだ?」
泥だらけのまま脱ぎ散らかしてあった服を片付けていた最中、意味深な溜め息をつく初音。
思わず振り向くと、哀れむ表情で俺の顔をじっと見つめていた。
「やれやれ、考えてもみよ。
年頃の若い男がだ~~れも居らん山深い場所に、超絶美女と二人っきりなんじゃぞ。
年相応に妙な気を起こし、情事に至ったとしても何ら不思議ではあるまい?」
馬鹿馬鹿しい!
思いっきり笑い飛ばしてやろうかと思ったのに、ふと気がついてしまった……。
確かに性的嗜好は全くのハズレとはいえ、どうしてそんな気が起きないんだ?
俺だって21歳になったばかりの成人男性なのに……それって正常なコトなのか?
「お、おいおい……。
相手にされてないからって…冗談キツイぜ」
努めて冷静に反論するが、心中はガタガタだ。
そんな中、初音が不可解な現象の確信を突く。
「言うたであろう。
女媧様に憑かれると精気を吸われてしまうと。
あの御方と幾度か接触する内に、お主は知らぬ間にスッカスカの種なしにされておるのよ」
「まて、待て待て待て待て待てってば!!
え……ウソやん…つーか種なしとか言うなし!」
ダメだ。
完全に言語野が破壊されて反論どころか、まともな思考すら働かない。
命に比べれば安い代償かもしれないが……いやいや、いやいやいや! 安くねーし!!
「お前そんな…えぇ……品種改良?
んなもん、スイカじゃあるまいし……」
本当にダメだ。
的外れどころか自分が何を言ってるのかさえ理解できず、意味のない頓狂な言葉を口から垂れ流す。
しかし、混乱の極みに陥る俺を嘲笑うかのように、初音は大胆不敵としか言えない提案――もとい、挑発めいた発言を口にした。
「ならば己の手で証明してみせよ。
ほれほれ、ワシの柔肌に触れられるかの?」
ドラム缶風呂から立ち上がった初音は胸元を手で被い、絶妙な構図で乳首を隠して誘惑する。
オイオイオイオイ!
どんな教育受けてきたんだコイツは!
「どうしたのじゃ?
これでもクるものがないのならお主は男として、ほんに終わっておるのう」
「ば、馬鹿にしてんのかクソガキ!
こんなモン、珍しくもなんともねーよ!」
過激な挑発の数々を受け、ついにキレた俺はずかずかと近寄り、得意顔のモチ頬を思いっきり摘まみ上げてやった。
途端に不満そうな顔をする初音。
「別に胸を触る必要なんてないからな。
ほーら、ほっぺも同じ位スベスベもちもち――」
その瞬間、森の奥から凄まじい殺気が逬り、羽を休めていた鳥達が一斉に羽ばたく!
鬼気迫るというには生温い、恐るべき殺意の塊によって心底から肝が縮む!
「貴ッッッッ様ァァアアアア!!
ブチ殺がしゃあああああああ!!」
「ヒィッ! だ、誰! 誰なのぉ!?」
想像できるだろうか?
夜の暗闇に浮かぶ血塗れの武士が、抜き身の刀を手に猛烈な勢いで迫る光景を!