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異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp! 【 完結】  作者: ちゃりネコ
第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!
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運命の出会い

 タテガミギンロウは人間である俺が近付いても抵抗したり、逃げ出したりはしなかった。

 既にそんな体力がない位、弱っていたのかもしれない。

 お陰で襲われる事なく洞窟に入る事ができたのだが、どうやら生まれて間もない雄の個体のようだ。


「あぁ、思ってた以上に……小さい…赤ん坊だ…」


 その証拠にヘソの緒が付いた状態で放置されており、母狼の姿はどこにも見当たらない。

 もし居たらエライ事になるんだけどね。

 緒の処置については迷ったが放置して感染症になると命取りになる為、ここで切ってしまう事に決めた。

 他の外傷は後ろ足に浅い穴が開いており、これが元で生死の境を彷徨さまよっていたのだろう。


「おい、今からチクッとするかもだけど噛みついたりするなよ?」


 狼に触れると銀白色の毛並みは乱れ、少し乾いているように感じる。

 口からは舌先を力なく垂れ下げ、呼吸もかなり乱れているようだ。


「…ダメかも……しれんが…ここまできたら、やるだけやってやる!」


 ヘソから1cm程の所をキットに付属していた縫合糸で縛り、そこから更に2cm先の所をハサミで切る……これで良いんだよな?

 体温のある生き物の体に刃物を入れるのは正直、かなり抵抗があった。

 だが、ここでビビッててもしょうがない。

 緒を縫合糸で縛っている最中さなか、狼は僅かに目を開けたが、唸り声や牙を剥く様子も見せなかった。

 いよいよ準備が整ったので、処置を始める前に大きく深呼吸を行う。

 もう後には引けない。

 やるしかないんだ!


「ふぅー…1…2……3!」


 夕闇迫る洞窟の中に響く、肉を断ち切る嫌な音。

 狼は一度だけ体を震わせると気を失ったのか、そのまま眠るように動かなくなってしまった。


「お、オイ! だい…大丈夫だよな!?

 血…! 傷を塞いで…拭き取って…!」


 初めての体験だったので動揺してしまう。

 縫合糸の働きによって傷を塞ぐ必要などなかったのたが、それでも焦りまくった。

 治療方法は『異世界の歩き方』から得た知識なので不安はあるが、出血もないので恐らく大丈夫だろう。

 後は数日乾燥すれば残った緒も糸も、自然と体から離れるはずだ。


「後の処置は…これは注射器か?

 ここの皮を引っ張って………ヨシ!」


 狼が気を失ったお陰で後の処置は比較的スムーズに進み、後ろ足の傷を消毒して包帯を巻いていく。

 緒の除去と傷の手当て。

 全ての処置を終えた頃、緊張でどっと疲れが出たのか、俺は裂け目の岩肌に身を寄せると、そのまま深い眠りに落ちてしまった。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 耳元には川のせせらぎと鳥達のさえずり、まぶしい朝の光が顔を照らし目を覚ます。

 あれから母狼に出くわさなかったのは本当に幸運だった。

 キャンプ場のように安全が確保されている訳ではない以上、一つの油断が命を脅かす恐れもあるのだ。

 起きて早々だがここを離れよう。

 そう思い腰を上げると背後から悲痛な鳴き声が…。

 どうやらまだ自力で餌や水を飲みに行ける状態ではないらしい。

 当然と言えるのだが、どうする…?


「…喉乾いたなぁ、水でも飲みに行くか。

 …その()()()だからな?」


 誰に対しての言い訳なのか自分でも分からない。

 河原に降りていくと鹿や鳥も水を求めて集まっていた。

 彼らと一定の距離を保ちつつ、透き通る水で手や顔を洗い喉の乾きを癒す。

 ふとAwazonを見ると医療キットの分が引かれ、残り合計17000ポイント。

 もう1ポイントだって無駄にはできない。


「後悔はない。…ないんだけどさぁ~」


 世知辛い現実が俺をさいなむ。

 ウグイストリイチゴを頬張りながら僅かなかてで空腹を癒し、先日採取したミツミシソとキノモトワラビを水で満たした缶詰に入れて火を起こす。

 やはりファイヤースターターがあると格段に楽だ。

 火と水が身近にあるだけで生活レベルがまるで違う。

 煮立てたシソはハーブにも似た爽やかな香りがして味も悪くないが、どうにも腹持ちが悪い。

 ワラビの方は煮ると茎が柔らかい食感に変わり、独特の粘りと苦味が食卓の良いアクセントになりそうだ。


「お婆ちゃんの食卓に出てた味と似てるな」


 一頻ひとしきり食事を済ませた後、空の缶詰に水を汲み入れると狼の元へ行き、顔の前に置いて少し離れる。

 しばらく遠巻きから見ていたが、鼻を動かすだけで飲もうとしない。

 いや、できないのか。

 仕方なく缶を口元に持っていき、僅かに傾けてやると舌を伸ばして飲み始めた。


「お前、分かってんのか四万十 葦拿あしな

 このままだと本当に……駄目だろ…」


 俺が自分に語り掛けてまで恐れているのは噛みつかれる事ではなく、情が移ってしまう事だ。

 今すぐ缶を放り出して離れてしまおうと何度も考える。

 しかし、懸命に生きようとする幼い狼に今の自分を重ねてしまうと見捨てられず、その度に意思を砕かれてしまう。

 何故なぜ、俺は自分よりも他者を優先しているのか。

 何度も何度も河原を行き来して水を汲んでいるのか。

 説明がつかない。

 今の俺にも、今までの俺にも……。

 ――どれだけの時間が過ぎただろうか。

 狼は驚く程の水を飲むと、そのまま眠ってしまった。

 俺も同じく抵抗し難い睡魔に襲われ、そのまま隣で崩れるように眠りについた。

 現在のAwazonポイント――17000

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