喝采!ヌマギンチャクガメのスッポン鍋
スッポンを食べた事のない人に、その味のニュアンスを伝えるのは非常に難しい。
遠慮なく言ってしまうとスッポンは一見して旨そうには見えず、それこそ食べるという発想に至らない人も多いだろう。
しかし、一度でも口にすれば柔らかい食感や、上質で癖のない味に感嘆の声を上げてしまう程。
昔は生きた薬として扱われ、現代でも精力剤や漢方薬としても盛んに用いられている。
「それにしても大きな甲羅じゃ!
知っておるか? この歯応えが堪らんのよな。
ほれ、ギンレイにも半分こして進ぜようぞ」
「甲羅の周りにあるゼラチン質の事か?」
てっきりエンペラと呼ばれる柔らかい部分かと思ったら、初音は鍋から取り出した甲羅を力ずくで半分に割って、そのままバリバリと音を立てて食べだした。
隣に座っていたギンレイまで甲羅を豪快に噛み砕いて食べてるし……。
人間には真似できない所業をあっさりと行う辺り、いつかコイツらに喰われるんじゃないかと冷や汗を掻いてしまう。
「お、おぉ……それじゃあ俺も頂こうかな」
微妙な居心地の悪さを感じつつも、箸を伸ばしてスッポンを味わう。
見た目は煮込んだ鶏肉に似ているが、それよりも更に柔らかい。
たとえるなら鶏皮に近いだろうか?
上品で仄かに甘い口当たりは高級食材と呼称するに相応しく、脂身から溢れるように溶けたコラーゲンは、極上のスープとなって鍋の隅々にまで行き渡る。
身も旨いが、このスープが絶品なのだ!
透明感のある色合いに黄金を流した輝きが他の食材を包み込み、それぞれが到達し得る遥か高みへと旨味を引き上げる。
共に舞台の脇を固めるのは、刻んだジンショーガや定番のハトマメムギから作った豆腐。
それにネノヒラドンコやキョテンシメジのキノコ類も応援に駆けつけ、魅惑の鍋を一層盛り上げる。
そのどれもが黄金スープを芯まで浴し、見事な味わいを楽しませてくれた。
そして、異彩を放つのはヌマギンチャクの怪演。
一体どうなる事かと思っていたが、火を通した身の食感は茹でタコみたいで、先端の吸盤は特に歯応えがあって意外と美味!
スッポンとセットで捕まえられるので、ちょっとしたお得感もあり、中々ニクい演出を凝らす巧者といった印象だ。
「特に豆腐がメチャ旨なんだよ。
ほら、ギンレイも食べてごらん」
冷ました豆腐は手品みたいに一瞬で消え、次のマジックを披露したいギンレイはアンコールを要求する。
それもそのはず、入念に水切りをした豆腐は無数に存在する気泡からスープを吸い込み、驚くべき旨味を内包した逸品へと変貌を遂げていた。
噛むごとに口内を満たすスッポンの味わいに加え、豆腐本来の爽やかな風味が実に素晴らしい!
スッポンがアカデミー賞にノミネートされる世界的俳優ならば、豆腐は燻銀が光る名脇役として、確固たる働きを魅せたと言っても過言ではない。
「うむ、これは精のつく料理じゃのう。
父上も随分昔に起こった戦の時は、猪と並び好んで食したそうじゃぞ」
「へぇ、戦国武将が好むのも分かる気がするよ」
長命な鬼属を支えているのは貪欲とも言える食欲というワケか。
妙に納得する中、巨大なスッポンを囲む鍋は皆の笑顔と談笑という最高の喝采を浴び、惜しまれつつも本日の舞台に幕を下ろすのだった。
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