異世界の怪魚を求めて
「ま、やるからには釣ってもらわんとのう。
今宵の夕餉も期待しておるぞよ」
今回は食べる為に釣りをしている訳では……まぁ、そこは問題じゃないか。
兎に角、ツチナマズは釣らなきゃならないんだ――絶対にな…。
「初音とギンレイは新しいフィールドで食料を探しておいてくれ。俺はそれまで手持ちのルアーで頑張ってみるよ」
ギンレイは指示を受け取ると自慢の鬣をなびかせ、足早に近くの林へと消えていった。
慌てて初音がトートバッグ片手に後を追う。
『異世界の歩き方』に記載されたツチナマズに関する情報は少なく、殆ど不明なまま挑むとなれば相応の苦戦が伴うだろう。
けど、俺達ならきっと大丈夫!
「第一投はカエルの姿を模したフロッグルアーを試してみよう。肉食の雷魚を狙う時には定番だからな」
舞台となる泥沼地のあちらこちらでカエルらしき生き物が活動しており、これらをツチナマズが補食していても不思議ではない。
まずは近場から丹念にポイントを探り、ゆっくり丁寧に捜索範囲を広げていくと、泥から顔を出していた大きな岩影で僅かに反応があった。
どうやら想像以上に警戒心が高く、そう簡単に姿を現すつもりはないらしい。
俺はポイントを絞るとルアーに様々な動作をつけて誘い、決定的な瞬間を辛抱強く待つ。
やがて――。
「……こい…こい…もう少し…………そこだッ!」
文字通り鼻先で繰り返される誘惑に根負けし、食らいついた一瞬の隙にフッキング!
しかし、勝負はここからが本番だ。
未だ相手がどんな魚なのか分からず、狙っているツチナマズかどうかも不明。
そして、相手は言わずと知れた異世界の生物という事実を、俺は存分に味わう事となる。
「なんだ? なん……うわぁ!」
フロッグルアーの針は完璧に口内を貫いていたにも関わらず、小さな破裂音と共にルアーはドロドロに溶けてしまい、まんまと逃げられてしまった!
「ウソだろ!? 自爆……じゃないよなぁ」
泥沼から顔を出していたのは、カエルに似た水棲生物の『ハゼハゼ』で、頬に備えた大きな水疱が特徴。
外敵に捕まった際は毒液の詰まった水疱を破裂させ、首尾良く殺せた場合は逆に補食してしまうという恐ろしい性質を持つ。
今回は疑似餌だったので食べずに逃げる事を優先したようだが、やはり未知の世界には未知の生物が存在する。
残念ながらツチナマズではなかったものの、改めて異世界に住む生物の奥深さを見せてもらった。
「こいつは……手こずらせてくれそうだな」
日ノ本の禁則地である神奈備の杜で生きる魚が、一筋縄で釣れてくれるなんて最初から思っちゃいない。
俺は気を取り直すと素早くルアーを交換し、次なるポイントを探っていく。




