クチバシカモノのタマゴ、ゲットだぜ!
清流と緑に囲まれた美しい森に、命乞いにも等しい無様な悲鳴が響き渡る。
「あああうああああ死ぬ!
死ぬぅぅううあああ!!」
まずは状況を説明しなければならないだろう。
俺達は滝壺を出発した道すがら、とんでもない大きさの巨大タマゴと出会った。
サイズが60cmを超える楕円形の青白い色合いで、初音は未知の食材に一目で虜となってしまう。
次に言い出す言葉は聞かなくても分かるだろ?
「うむうむ、喰わずともワシには分かる。
これは相違なく旨い。故に喰う!」
俺は止めたのだが初音は持っていくと言って聞かず、『モンハン』じみた卵運搬クエストを気楽に始めてしまったのだ。
タマゴがこれだけの大きさであれば、親はどれだけの巨体なのか想像もつかないのに…。
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「予想通りッ…! 圧倒的…!
やっぱ親が出てきたじゃねーか!
しかも怒ってる! めっちゃキレてるやん!」
「絶対に落とすなよ、あしな!
今宵は山盛りのタマゴ料理じゃぞ!」
奥の手は最後の最後まで取っておく物。
しかし、退っ引きならない状況において、確固たる意思を保つ事は何よりも難しい。
体長4mにも及ぶカモノハシみたいな怪物に追われている今、ダッチ少佐の言葉はあくまでもフィクションの話であり、俺は決して筋肉モリモリマッチョマンの変態主人公などではないのだ。
「おおおおお!? はや、速ぇぇええ!?
おい…追いつかれちまうぞオイィィイイ!」
飯の為に命を懸ける鬼女は、それでも嬉々とした表情でギンレイの後をひた走る。
ダンプカー並みの勢いで俺達を猛追しているのは『クチバシカモノ』という名の哺乳類。
――なのだが、世にも珍しく卵を産むという特徴を持つ。
本来は日ノ本の環境に適さない国の生き物で、いわゆる外来種という位置付けなのだが、恐らく他の地域とは異なる環境である神奈備の杜に適応して、居着いてしまった個体なのだろう。
それはそれとして、追いつかれたら死ぬ!
「教えなきゃよかった!
コイツのタマゴが激レアなんてよぉおお!!」
「愚か者め!
それを知って、見す見す手を拱く訳がなかろう!」
ですよねー。
余計な事を口走った俺がアホでした。
このままダチョウのタマゴよりもデカいのを抱えて、無事に逃げ切れるだろうか?
……絶対、無理ッ!
現実はそうそう甘くない。
だとするなら、やるしかないだろ!
「ハァ、ハァ! 俺からの…出産祝いだ!」
ノコギリ状の鋭い歯が並ぶクチバシへ向かって放り投げたのは熊撃退スプレー。
登山を嗜む者にとっては必須のアイテムであり、熊に対して絶大な効果を発揮する護身アイテムだ。
スプレーが口に入った直後、破裂音と同時にクチバシカモノの体は大きくバランスを崩し、付近の大木に衝突して七転八倒を繰り返す!
「今だぁぁああ!
死ぬ気で逃げろやぁぁああ!!」
恥も外聞もありゃしねぇ。
けど、そんな物で命が助かるなら、全部かなぐり捨てて生き延びてやる!
ウキウキで走る初音を横目に、主人公らしからぬ決意で逃げ切る事に成功するのだった。
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