苦渋の決断
「やべぇよ……やべぇよ……」
異世界ソロキャンが始まったかと思ったら終わりそうだった件。
そんな聞いた事ありそうなタイトルが頭を過っていたが、今の俺には物語を考える余裕などない。
あれから河原を一通り歩いて探索していると、少し小高い所に大きな岩の裂け目を見つけた。
あそこなら雨風を避けられるかも――。
そんな淡い期待で足を運び中を覗いてみると、一匹の獣が息も絶え絶えに血を流していたのだ。
幸いな事に暗がりにいる獣はこちらに気づいておらず、時折辛そうな唸り声を挙げている。
ゆっくり音を立てずに裂け目から離れるとスマホから『異世界の歩き方』を呼び出し、うずくまる獣について調べた。
「ネコ…いや、こいつはイヌ科の動物か?
現実世界では見た事がない…下手に近付くのは危険……だろうな」
召喚された本のページをパラパラとめくり、該当する情報を調べて驚いた。
こいつはタテガミギンロウ!
獰猛な森の捕食者でクマと並び、自然界のヒエラルキー上位を占める存在。
通常はオスメスのつがいや群れで狩りをするのだが、この個体ははぐれてしまったのか、それとも怪我が原因で置いていかれたのか判然としない。
「なんだよオイ…。
折角いい場所を見つけたと思ったのに…」
どの道、ここで寝泊まりするのは危険過ぎる。
手負いは気が立っているので、見境なく襲われる可能性が高いのだ。
水場も近くて良い拠点になりそうな場所ではあるが…仕方がない。
そのまま歩き出すと裂け目から悲痛な鳴き声が聞こえてくる。
「可哀想だけど俺にはどうする事も――出来ない…………かもしれん…けど……」
獣に背を向けたまま立ち止まった理由、口にしてから思い出してしまった一つの事柄。
俺には異世界アプリ『Awazon』がある。
無論、俺は獣医ではないし野生動物の治療など行った経験などない。
しかし、Awazonの品物の中には食料や水の類いはないが、その代わりに医薬品は豊富に揃っていた。
それは人間を対象にした物だけでなく、犬や猫、馬などの動物を対象にした物まであるのだ。
これを使えばあるいは……。
「待て待て、貴重なポイントをこんな所で使うのか? 馬鹿馬鹿しい、俺は遭難してるんだぞ!」
冷静にならなければ。
ここで野生動物を助けて何になる?
食料にするなら分かるが、明日は我が身かもしれないんだ。
こんな事にポイントを使っては万が一の時に……。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
俺の意思は鋼よりも硬く、正しいと思う選択をしたのだろう。
手の中には犬用の治療薬や包帯を納めたキットが握られていた。
総額20000ポイント……高っけぇ。
いや、これで助かるなら安いのか?
もう何が正常な判断なのかも分からないが、目の前で死にかけている命を見捨てる事などできなかった。