あしなの懸念と不可視のバケモノ
翌朝、俺達はテントだった残骸の上で目を覚ました。
俺は全身が泥々の血塗れのままだったが、九死に一生を得た事で安堵してしまい、殆ど気絶同然で眠ってしまったのだ。
見えない化物に散々ブン殴られ、買ったばかりの衣服は見るも無惨なボロ雑巾にされちまった。
加えて、体のあっちこっちに数えきれない程の痛みがあり、骨や内臓へのダメージを心配したのだが――不思議と歩けているのは何故だ…?
「運が……良かったの……かな……」
全身を苛む痛みは本物であり、気のせいとか思ったより軽傷でしたとかいうレベルの話ではない。
……自分でも既に理解していた――死ななくてラッキー? そんなワケあるかよ!
普通なら助かって重傷、悪けりゃ死んでてもおかしくない怪我を負い、運が良かったで済むハズがない。
身体中に付着した血も自分の物ではなく、化物をナイフで切りつけた際の返り血だ。
俺の体に何が起きているのか…。
それを考えるのは昨夜の一件と同等の…いや、別種の言い知れぬ怖さがあり、とてもではないが考察などする気にはなれなかった。
ましてや、それを初音に相談するなんて事は……絶対にしたくなかった。
抱えきれない不安をどうにか押し込み、初音の方を見るとまだ寝起きでボーっとしている。
全員が極度に疲労し、昨夜の忘れ難い出来事を無言のうちに思い返していた最中、ギンレイが地面へ向かって吠えているのに気づく。
「どうしたんだよ。
何か落ちてんのか?」
重い体を引きずるようにしてギンレイが示す足元に目を向けると、いくつもの巨大な足跡が残されている。
鹿や猪、狼や熊とも違う。
水気を含んだ地面に刻まれた深い跡から、足跡の主は相当な巨体である事は疑う余地もなく、不吉な予感が胸中を漂う。
だが、それはある種の希望を意味していた。
「……女媧の方は兎も角として、もう片方の奴は――魑魅魍魎でもなんでもない!
ここに残された血痕がそれを証明している!」
至る所に見られる赤い血。
朝陽によって照らし出された数々の手掛かりは地面だけでなく、俺の顔や手、衣服や靴にまでベッタリと付着しており、物理的手段が一切通用しなかった女媧とは別の、歴とした生物だという証拠に他ならない。
異星人と人間との激闘を描いたSF映画の傑作『プレデター』で、主人公のアラン・ダッチ・シェイファー少佐が口にした台詞を思い出す。
「血が出るなら――殺せるはずだ…」
「お主が言うても締まらんのう」
放っとけ。
ようやく起き上がった初音に鋭いツッコミを入れ、出発の準備を整える。
「だけどな、俺にだって奥の手はあるんだぜ」
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