生存本能
「く、喰われる…!」
ゾッとするイメージが頭に浮かび、ともすれば漏れそうになる悲鳴をどうにか飲み込む。
初音は巫女舞と祝詞の真っ最中で手一杯。
ギンレイは自分より体の大きい俺を引っ張るなど到底不可能。
こうなれば俺自身で状況を打開するしか生き残る道はない!
「あああああ! 離せやァアア!! 」
生存本能が脳から大量のアドレナリンを分泌させ、普段では考えられないような活力を漲らせる。
腰のナイフを振りかざし、上体を前屈させて足首を引き寄せ、空間を滅多斬りにすると手応えあり!
見えない何かが俺の足に巻きついている!
「離せ! 離せっていってんだよオラァア!」
ナイフを一閃するごとに、虚空に刻まれる血線!
顔や手はベタつく液体にまみれ、不快指数は青天井で上がっていくが、構わずナイフを振り続けた。
次第に引っ張る力が弱まり、踏ん張りが利くようになったのを見逃さず渾身の一撃を叩き込む!
深々と肉を切りつけた感覚が手元に伝わり、生暖かい液体が降り注ぐ。
「今のはイッただろ! ざまぁみや…ガァ!」
再び全身を強烈に殴打され、地面に肩がめり込む感覚を嫌というほど味わう。
ついでに頭まで打ちつけたらしく、激しい吐き気と耳鳴りに襲われながらも顔を上げると――。
「……あしなよ、そのまま…神妙に致せ……。
…決して動いたり、ましてや……敵意を向けるなど罷りならぬぞ…!」
「ッウ……ぁ……」
二度目に吹っ飛ばされた先は――結界の中!
しかも、見上げれば吐息の掛かりそうな間近に女媧がいる!
不可視の化物と蛇女に挟まれるという、考え得る状況で最悪の形に思わず力が抜け、持っていたナイフを取り落す。
相手は…女媧は何を考えているんだろう…。
遂に獲物を追い詰めたという得意顔だろうか?
それとも、取るに足りない人間を見る嘲笑か?
あるいは勝利を確信した誇らしげな様子か……。
だが、俺の目に映った神の姿はどれもが予想外で、ちっぽけな人間の浅慮など及びもしない。
「相変わらず……無表情かよ……。
当然の結果とでも言いたいのか…?」
俺が手の届く場所に居るにも関わらず、女媧はトドメを刺すどころか何の感情も持ち合わせていない無表情のままだ。
もしかしたら…最初から勝ち目などなく、神の手のひらで無様に踊らされていただけなのかもしれない…。
そう思った瞬間、全てを諦めて地面にうずくまる。
暗闇からは巨大なナニカが迫る足音が聞こえ、ギンレイの激しい警告を耳にしてはいたが、もう一歩も動く気にはなれなかった。
「あしな……諦めてはならぬぞ、あしなぁあ!」
初音の悲痛な声が響く。
しかし、化物の足音は目前まで迫り、逃げ道も完全に塞がれている。
死を待つだけとなった命運。
しかし、事態は俺の覚悟など嘲笑うかのような展開へと流れていく。