暗闇の襲撃者
「あしな！ 気を抜くでないぞ！
この程度の陣で大神を封じられるなら、最初から苦労などするものか！」
狙い通り女媧の動きを止めて歓喜していた俺に、初音の鋭い声が飛ぶ。
このまま追撃の巫女舞と祝詞で追い払うつもりなのだろう。
しかし、この時の俺は勝利を確信するあまり、確かに気が緩んでいた。
「なに言ってんだ。もう勝ったも同然――」
…………え？
気づいた時には既に、周囲は見知らぬ景色へと目まぐるしく変わっていく最中。
初音の姿がどんどん小さくなって……。
手を伸ばしても全然届かない……。
――いや、これは……違う！
俺の体が吹っ飛ばされたんだ！
「うああああああああ！！」
「あしな！ な、なにが起きたのじゃ！？」
否応もなく抗えない力によって突き動かされた俺は、猛烈な勢いで頭からテントに突っ込む。
混濁する意識の中、女媧を見ると――微動だにしていない！
何か…俺の知らない不思議なチカラを使ったのか？
全身が悲鳴を上げていたが、耐え難い痛みが逆に意識を覚醒させ、視えるはずのない暗闇に不気味な影を垣間見せた。
「な…ん……足跡？
徐々に……近寄って…………何かが……！？」
女媧ではない。
もっと巨大で、もっと悍ましい――何か！
宵闇の向こう側で見つめるモノ。
どれだけ眼を見開いても虚ろな空間がそこにあるだけで、何かが潜む余地などないにも関わらず、俺の五感は確かに近づくナニカを捉え、最大限の警告を発していた！
身体中の皮膚に鳥肌が立ち、雷光にも似た恐怖が心を撃ち抜く。
考えもしなかった……。
まさか女媧に仲間がいただなんて！
「く、来るな！ どっかいっちまえ！」
殆ど無意識で拒絶の言葉を口にし、近くに転がっていたテントの残骸などを投げつけると、小さな石が空中で跳ね返るのを目撃した。
やはり、そこに何かがいる！
隣では難を逃れたギンレイが目前の空間へ向け、敵意を剥き出しにして猛然と吠えたて、必死になって俺を守ろうとしていた。
緊張した睨み合いが続くかと思われた矢先、突然ギンレイが身を翻した瞬間、地面が大きく抉れて弾けた！
「一体どうなってんだ！？」
「ギンレイには何者かが見えておるのじゃ！
彼奴は杜に棲まう魑魅魍魎かもしれぬ…。
理屈は皆目見当もつかぬが…攻撃されておる！」
野生の狼が持つ鋭い感覚のお陰か、未知の攻撃を回避したギンレイはなおも継戦の構えを取る一方で、俺には敵がどこに居るのかすら分からない。
殺気に満ちた視線を感じ、襲撃者を探すべく辺りを警戒していると今度は足首に衝撃が走った直後、成す術もなく引き倒され、凄まじい勢いで引きずられていく！
「なァ！？ 畜生！ どこにいやがる！」
これも女媧の差し金なのかと視線を向けると、奴は最初の位置から全く動いておらず、それどころか別方向に引っ張られている事に気づく。
しかも、足首を通して伝わる感触は…粘つく触手みたいで気味が悪い。
このまま引きずられたら――俺はどうなる！？
