あしなの計略
「よいよい……程々の満腹感……。
これが『きゃんぷ』の醍醐味よなぁ」
あれから14枚のミニサイズピザを平らげ、それでも程々と評した初音。
相も変わらず底無しの胃袋だ。
食後という一日の中で最も幸福な一時。
しかしながら、あちら様には遠慮も配慮も皆無らしい。
「……こんばんは。
俺もグチグチと言いたかないんだけどね、神サマってのは常識とか通用しないのか?
いつも決まって夜更けに訪ねてくるけどさ」
ただならぬ気配を察した初音とギンレイも一斉に身構え、招かれざる客へ様々な感情が入り交じった視線を向けた。
月明かりを受けて滝壺の畔にひっそり佇む様子はまさに息を飲む美しさを誇り、ヒメユリトウロウが放つ妖しい灯火が暗闇に憂いを帯びた相貌を浮かばせる。
こうして何度も相対する内に、誰よりも早く奴の到来を知覚できたのは本当に皮肉な話だ。
俺に取り憑く不運の元凶、女媧の瞳が真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「あしな! お主は下がっておれ!」
躊躇いなく飛び出した初音だったが、夜の闇でも震える足は隠しきれない。
俺の為に相当な無理をしているのが容易に分かり、思わず手に力が入る。
俺達だけの力では奴を追い払う事は不可能だ。
だが、動きを封じるだけなら可能かもしれない。
女媧は初音には目もくれず、最短距離を通って俺の方へと歩みを進める。
ギンレイは本能で相手の力量を読み取れるのか、脇目も振らずに走り去るとテントへ飛び込み、それっきり出てこようとはしなかった。
「ああ、問題ないぞギンレイ。
計画通り……そのまま俺の方へ来い!」
腰元まで伸びた深いスリットが揺れ動き、魅惑的な足が一歩を刻むごとに、俺との距離は容赦なく縮まっていく。
初めて遭遇した時ならいざ知らず、生憎と人間は過去から学ぶ事ができるんだよ。
神と違ってな!
「まだだ……まだ…まだ……今ッ!!」
地面に書いておいた目印を女媧が通り過ぎた瞬間、俺は隠し持っていた束を握り締め、一気に引いて取って置きの秘策を打つ!
地中に埋めておいた何本もの注連縄が一瞬で張りつめ、打ち込まれた杭を介して幾何学模様を描き、瞬く間に女媧を中心とした巨大な六芒星が姿を現す。
以前、小屋に居た時に知った注連縄の有用性を最大限に活かした方策。
そう、これは奴を閉じ込める為の結界!
想定された思惑通り、縄によって完全に囲まれた事で身動き一つできないようだ。
「やったぞ! 神を…女媧の動きを封じたッ!」
長さ数十mを優に超える注連縄の結界。
その全てをツルムシを編み込んだ手製のロープで作るには膨大な時間が必要だろう。
当然、そんな時間など俺にはない。
では、どうすれば解決できる?
答えは簡単。
注連縄を作る時間がなければAwazonで揃えてしまえばいい。
複数の罠結びを利用した単純な仕掛けだったが、女媧はまんまと嵌まってくれたようだ。
しかし、蛇女の緋色の瞳は些かの陰りも見せず、俺の眼を捉えて離さない。