あなたがキャンプで食べたい料理は何?
「体も温まったことじゃし、そろそろ暇としようかのう。夕餉の用意を急ぐがよい」
「アッハイ……」
たった半日で見る影もなく暴落した俺の立場。
反論する気力すら尽き果て、乳だけ大人のチンチクリンに言われ放題の入浴がようやく終わった。
滅多に味わえない滝見風呂だったのに、思い出すのも憚られる嫌な記憶として、少なくとも数日間は苛まれ続けるだろう。
マジに異世界に来てからというものの碌な目に合っておらず、自分の不幸具合に泣きたくなる始末。
風呂から上がった後もうずくまる俺を心配して、ギンレイが鼻を鳴らして気遣う。
「…アタシのお友達…お前だけがお友達なのよ…」
再びヘンなスイッチが入った主を映す瞳は、心なしかいつもより冷めた色をしていたように思え、困惑した愛犬の様子がますますへラ状態に拍車をかけるのだった。
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すっかり日も暮れた滝壺周辺には、俺達の他に生き物の姿はおろか、気配すら微塵も感じない。
豊かな森の中にあっても、そこだけが耳が痛いと表現してもよい程の、異質な静けさに包まれていた。
見上げる高さの滝による絶え間ない轟音と、時折響く焚き火の爆ぜる音が不思議なハーモニーを奏で、大自然の一部として人間がどうあるべきなのかを自問させてくれる。
極上の森林セラピーによって、ようやく精神状態が回復した俺は夕食の準備を進めていた。
「して、今宵の『めぬー』は何かの?
とはいえ、持ち合わせは『りえった』しかなかったのう。旨いのじゃが諄いのが難点か」
「脂肪と旨味の塊みたいなモンだからな。
俺も三食同じ食べ方ってのはキツイから、ちょっと工夫させてもらうよ」
主に使うのはハトマメムギと猪肉リエット、そしてベニワラベに炭酸水だ。
他にも数種類のハーブをトッピングに使う。
「お、今宵は『けーき』か。
杜の聖地で味わう渡来の品も乙じゃな」
「ケーキ…とは少し違うんだけど、絶対に旨いから楽しみにしててくれよ」
まずは生地を作る為、ハトマメムギの粉と発泡軽石に浸けた水を混ぜ合わせる。
発泡軽石は水と反応して炭酸水を生み出す不思議な石。
『異世界の歩き方』によれば、この世界にはまだ未知の鉱石が存在しており、日ノ本の住人ですら効能を知らない物も多いらしい。
現に、俺が探している鉱石も見つかっていない。
「こんな石ころが水を変異させるとはのう。
ワシも長年知らなんだわ」
「旅を続けていれば、もっと不思議な石に出会えるさ。たとえば…酒を作る石とかな」
グリッ、という音が聞こえてきそうな勢いで振り向く初音。
まだ見つかったとは言ってないのだが…。
「生地が出来たら少し寝かせておいて、次は待望のチーズを作るぞ~」
少し前に作ったハトマメムギの豆乳。
今回はそこから一本進めて、美味しいチーズを作ろうと思う。
レシピはとっても簡単。
豆乳をダッチオーブンに入れて撹拌しながら沸騰させ、カドデバナの果汁を加えて更にかき混ぜて冷ます。
そうすると徐々に豆乳が分離するので、キッチンペーパーで濾して絞ればチーズの完成!
「これが『ちーず』かや?
おからと何が違うんじゃ?」
「おからは豆乳を作る段階で出来る物。
チーズは豆乳のたんぱく質を固めた物…かな?」
そこまで詳しくないので自信はないけど、多分そんな感じだ。
今回の料理は熱を加えて作るので、チーズの水気をしっかり切っておく。
そうしないと仕上がりがベチャベチャになったり、火加減が難しくなってしまう。
後は寝かせておいた生地を薄く引き伸ばして、煮込んだベニワラベで作った即席ケチャップソースとリエット、更にハーブやスパイスの一種であるサンシュウショウで味付けを行う。
「最後にダッチオーブンで焼き上げれば――あしな特製、リエットのチーズピザが完成!」