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幻のハチミツ、その副産物は…

「忘れずに薬を飲んだ後、もう少し休んでおいた方が良い。今日は大人しくしててくれよ?」


「分かっておるわ。じぃのように口煩くちうるさく言うでない」


 G?

 じいって誰の事なんだ?

 たずねようとした時には既にテントに入ってしまい、聞けずじまいとなってしまったが……身内の話なのか?


「まぁ、後で聞けばいいや。

 さて、それよりも手早く始めますかね」


 これから作るのは猪の脂身を使った石鹸。

 初音が体調を崩した件を反省し、衛生面の強化を図ろうと思い立った次第だ。

 必要な材料はたったの二つ。

 猪の脂身を溶かしたラードと、木材を燃やした後に残る灰を使う。

 作り方は非常に簡単で、バケツに灰と水を入れてよ~くかき混ぜた後に一晩放置して、火にかけて余分な水分を蒸発させていく。

 そうして残された白い物質は炭酸カリウムと呼ばれ、強力な洗浄効果を持つ。

 最後にラード、水、炭酸カリウムに香り付けとしてハーブを入れて煮詰めれば完成!


「ジビエソープって名前の石鹸で、見た目は固形よりもハンドソープに近いかもね。

 そのままだと少し獣臭いんだけど、ハーブを使ったから上手く抑えられてるんじゃないかな」


 ギンレイは興味深げに匂いを嗅ぎ、食べられないと判断するや、『別の物を寄越よこせ』と言いたげな視線を向ける。

 彼にとって、食べ物以外は眼中にないらしい。

 俺はストックしてあるハチミツを与え、要求が満たされた狼は初音が休んでいるテントの中へ潜り込んでいった。

 きっと明日に備えて、体力を温存しておきたいのだろう。

 俺はギンレイの後ろ姿を見送り、出来たばかりのジビエソープを竹筒に移して次の作業に取り掛かった。


「……初音やギンレイが休んでくれて助かった。

 この作業だけは見せたくなかったからな」


 ヒメゴトミツバチの巣を煮込むのに使った寸胴ずんどう鍋は役目を終え、からのまま川辺に放置されている。

 見せたくなかったのは鍋の不法投棄現場か?

 いやいや、問題はそれよりも遥かに深刻だ。


「鍋底にこびりついた塊…。

 最初は単なる焦げつきだと思ってたけど……」


 切っ掛けは本当に偶然――いや、あれは間違いなく僥倖ぎょうこうと呼ぶべき幸運だった。

 ハチミツの精製が完成した後、中身を竹筒に移し替えている時に一匹のヒメゴトミツバチが空の鍋に止まると、しばらく中を歩き回った直後、突然異常な行動をみせる。

 ついさっきまで元気だったのに、黒い塊に触れた瞬間、鍋の中を滅茶苦茶に飛び回った挙げ句、七転八倒の末に死んでしまったのだ。


「ウソだろ……これは…毒で死んだのか!?

 ハチミツの無毒化には成功しているのに…。

 そもそも、あらゆる毒を中和できるヒメゴトミツバチがどうして…?」


 気になって調べ直している内に、ヒメユリトウロウの花粉は精製する過程で、薬であるハチミツと同時に濃縮された毒も作られるのではないかという仮説に至った。

 人の手によって同じ材料から命を助ける薬と、命を奪う毒ができてしまうという事実は相反する要素でありながら、常に歴史の暗部を担ってきた。

 正直な話、初音やギンレイはそんな事、知らない方が良いのではないか、そう思ったからこそ処理をしている現場を見せたくなかったのだ。


「ド素人だから毒物の取り扱いなんて分かんねぇけどさ、これで少なくとも流出は防げるだろ」


 念の為、ゴム手袋を着けてから作業を開始した。

 竹ベラを使って鍋底の塊を残らず取り出し、Awazonで購入したガラス製の密閉容器に入れて、更にラップでグルグル巻きにする。

 最後に精密機器を保管する耐衝撃性を備えたプロテクターツールケースに収め、ようやく安堵の溜め息をつく。

 後は穴を掘って寸胴ずんどう鍋を埋めてしまおう。

 数年もすれば水気と森の微生物によって、跡形もなく鍋は腐敗してしまうだろう。

 毒の処理と環境保全の観点から、俺に出来るのはここまでだ。


「コレを使うような日が来ない事を祈るよ」


 猛毒などキャンプでは無用の長物に他ならない。

 それでも手元に置いておくのは、これからの道中で二度と後悔したくないという苦い思いが俺を突き動かしたのだ。

 さて、夜までにもう一仕事済ませておこう。

 俺は切り出した杭を手に、幻想的な滝壺へ向けて歩きだした。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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