試練1.お師匠、朝寝坊です
お師匠さま
きっと強くなります
強くなって
うんと強くなって
誰かを守れる力がほしいです
◇◇◇
昔聞いた話では、遥か西に三十三の神々がつかさどる天下の宝玉があったという。
「兄貴、少し休んでいこうよ!」
「駄目だ」
その玉を手に入れた者は天下統一を制す。
かの織田信長も宝玉の力を得てしていたと言われている。
「もうこれ以上走れないよ!兄貴だって無理してるんだろ?ねえっ…」
「ここを越えれば里に出る。そこまでは奴らも追ってこれないはずだ」
「じゃ…じゃあせめて止血してくれよ!痛いんだろっ?兄貴!さっきの矢……当たったんじゃないのか?」
この地で天下統一を成功させたのは唯一ただ一人、彼だけだ。
つまり私は考えた。
宝玉の力は天下統一を叶えたのではなく、織田公の願いを叶えたのではないかと。
「兄貴!ねえ、聞いてるの?あーーにーーきーーーーー!」
「ええいうっとうしい!無駄口をたたく暇があったら走れ!死にたいか!」
「でもっ」
「人のことをとやかく言う余裕があったら自分の身を案じろ!お前のような奴がいつか足下をすくわれるんだ!」
「なんだよ!兄貴の見栄っぱり!心配してるのに!」
バキッ
「ぐえっ」
「悪かったな見栄っぱりで!」
竹林に足を取られ、夜道に視界を奪われ、それでも走る。
走らねばならなかった。
私達は罪人だ。
「そ、そうだ、兄貴、血の跡でばれちまうよ!兄貴の血の跡と、臭いで!だから止血しようよ!!」
ああ、五月蠅い。
この馬鹿な弟はよほど休みたいのか。
それとも本気で私の心配をしているのか。
「私達が相手にしているのは野犬か何かか?」
「あにき~~~」
「分かったよ、少し休もう」
「ど、どう?兄貴」
「大丈夫だと言ってるだろう。しつこいぞ」
「よかった~」
「お前こそどうなんだ」
「俺は平気だよ。ほら、どこも怪我してない。兄貴、手当てが終わったら向こうに泉があったから、顔でも洗っておいでよ」
村を出て何刻になるだろうか。
この選択が吉とでるか凶とでるか。
答えは神のみぞ知る。
◇◇◇
補陀洛山、円通寺。
「おししょうさまー!朝ですよー!」
我が家の朝は早い。
「起きてくださーい!もうお外は明るいですよ!おいのりの時間、すぎてますよー」
どたどたどた
ばしん。
勢いよく襖を開ける。
いくらせわしなく登場しても、あまり意味はないけれど。
要は心持ちなのです。
「んー?」
「おはようございます。お師匠さま。朝ごはんできてますよ」
「んー」
「今日はお師匠の大好きな目玉焼きを作りましたよ。干し肉もありますよ。豪華絢爛なのですよ。起きてください」
「んー」
「とれたてレタスの、サラダもありますよ。きのう食べごろだなって思って、朝とってきたんですけど…」
「んー」
「……………」
「殴りますか、普通」
我が家のお師匠は朝に弱い。
冷めた目玉焼きをつつくお師匠の顔は、ぶすーっと不機嫌。
「お師匠さまが悪いんです。あたしいっぱい起こしたのに、んーしか言わないですもん」
「都がもっと優しく呼んでくれれば起きますよ」
「そんなのぜったい起きないです」
「甘いですね。優しくというのはもっとこう…」
「…!?」
お師匠様がゆらりと近づいてきて、あたしの体をやわやわと触り出した。
「こうです。分かりますか?」
バキーッ
「痛…」
「な、な、な、なにするんですかっ!!」
「教えて差し上げてるんじゃないですか。“優しい”ご奉仕の仕方を」
「……!!ま…っ真面目に聞いたあたしが間違ってたです!!」
あたしは顔を真っ赤にして、ガチャガチャとお皿を片す。
「そんなことだから、いつまで経ってもお嫁さんが来てくれないですよ!!へんたいお師匠っ!」
「都はあまり男慣れしていないと嫁のもらい手がありませんよ。」
「大きなお世話ですっ!!」
ガタン。ガタガタ
向こうの部屋から微かに窓が開く音がした。
建て付けが良くないので、ずいぶん離れたこの部屋にまで響くのだ。
こんなに朝早くから人が来るなんて、めったにない。
「お客さんでしょうかね?」
「前みたく、タヌキさんかもしれませんね。見てくるです」
「はいよろしく」
廊下へ出て薄暗い木造の床をぺたぺたと歩く。
スラッと襖を開けると、窓が開いていた。
「誰かいらっしゃるですか~?」
耳を澄ますと、鶯とひぐらしの静かな鳴き声が聞こえた。
冷たい朝の香りのする窓から顔をのぞかせて、外を見渡す。
とくに異常はないので、ガタガタと無理やり閉めた。
おかしいです…。
そして、狸に荒らされた様子もなく、不審に思っていたとき。
「…………動くな。騒いだら殺す」
首筋にヒヤリと冷たいものが当たった。