少女と申合
「はやく!」
「のーじーとの約束におくれちゃうよ」
先を行く子供たちが少女のほうに振り返り早く早くと先を急かす。少女たちは院長が酒を飲んで眠ったのを確認し脱出計画を実行していた。
「わかったから、あんまり先に行ったら危ないよ」
少女が先導するように駆け出していく孤児達を窘めた。その言葉に一瞬不満げな顔を見せるも素直に従い少女の隣に戻っていた。
「いい子いい子」
孤児の頭を撫で褒めると反抗せずおとなしくした。そんな孤児の様子を見て少女は満足げに笑った。今日から昇との共同生活が始まる。あそこで暮らしている間ずっと待ち望んでいた普通の生活が手に入る。そのことに胸が高鳴っていくのを感じた。鼓動が耳まで届きうるさく響く。
だが、それすらも春風のように心地よく、少女の心をそよいでいた。
―――*―――
「わぁ」
「すげえ」
しばらく歩くと昇の家の前にたどり着いた。全体的に白い外見に三階ほどの大きさがあった。三階にはベランダもあり孤児院の何倍以上も広そうな家だった。少女らの眼前には大きな門が聳え立っていた。木の板で作られ桜の形を模した紋章が刻まれている。昇から話を聞いたり、写真を見てはいたものの想像を超える家の大きさに孤児達は固まっていた。
「えっと、いんたーほんは…」
その中、一番に我に返った少女が一歩前に出る。前に昇に教わった通りインターホンを鳴らそうと辺りを探る。
「この文字の下にある小さなボタンを押してくれればいい。そしたらすぐに迎えに行くからね」
インターホンの写真を見せながら説明してくれた昇の言葉を思い出しながらきょろきょろと探していると孤児の一人が指をさした。
「あれなぁに?」
指の先には「島崎」と荘厳な文字で書かれた表札の下に小さなボタンがあった。昇が見せてくれた写真と同じものだ。少女は孤児の頭を撫でて「ありがとう」と褒めながらインターホンに手を伸ばした。軽い感触とともにインターホンのベルが鳴り響く。
「いまのなに⁉」
「なんのおと!」
孤児たちが過剰に反応するのを見て笑みをこぼす。少女の指先にあるインターホンに釘付けになってはワイワイと騒ぎ出す。
「こら、そんなに騒いだらのーじーが困るでしょ。みんないい子で待ってようね」
「のーじー!」
「わかった!」
素直に口を閉じて静かになる子供を見て満足そうに微笑む。家のほうに視線を向けるも中から何の反応もなかった。少し違和感を覚えたが再度インターホンを鳴らした。
「おかしいな…のーじー?」
再びインターホンが響くと孤児たちがわずかに反応する。が、昇は出てこない。少女は首をかしげて表札に視線を向けた。「島崎」という文字はあの時見せてもらった写真と同じだ。この家で間違いない。
「まだー?」
「のーじーでてこないの?」
中々顔を出さない昇に孤児たちがだんだんとぐずり始めている。一人は瞳に涙を貯めていて今にも泣きだしそうであり、一人は飛び出していきそうな勢いだった。そんな孤児たちにつられ少女もあせりだす。それでも孤児たちを不安にさせないよう笑顔を見せた。
「ちょっと待っててね。のーじーともすぐに会えるから」
その後再度インターホンを押した。先ほどよりも少し重いと感じた。だが、そんなことを考えている余裕はなかった。
次の瞬間、目の前の家が爆発したのだ。
「きゃあ⁉」
「うっ」
孤児もろとも爆風に吹き飛ばされ地面に転がった。すさまじい轟音とともに肌を焼きつくさんばかりの熱風が吹き付けられる。窓ガラスが割れ破片が降り注ぐ。家全体が炎に包まれ火の粉が舞い散る。少女は目の前の現実が受け入れられずただただ燃えていく家を眺めていた。周りにいる孤児たちは泣き叫び、昇の名を呼び、痛みに喘いだ。
「…こんなところで何してんだぁ?」
呆然とする少女たちに冷徹な声がかけられる。今まで何度も聞き何度も恐怖したその声に恐る恐る振り返る。
「…ぷはっ。俺から逃げられるとおもうなよ?餓鬼ども」
酒瓶を傾けながら院長が不気味な笑顔で見下ろしていた。