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少女と扶翼


「……君は「色彩欠乏症」だね」

白衣を羽織、黒淵の眼鏡をかけた昇が手に持った書類を眺めながら淡々と語る。

部屋には中央に椅子が二つ、壁に付けられる形でベッドが一つ、ベッドとは反対側に机が一つ置かれていた。そんなに広くはないものの綺麗に掃除されていて埃一つ見当たらない。上の方にある小さな窓の外には何かの植物の葉が見え鳥の声が聞こえた。なんとも居心地の良い場所だ。

少女と昇は椅子に座って向かい合っていた。この部屋の広さでは孤児達全員は入ることは出来ず、部屋の外の待合室で静かに待っている。

「色彩欠乏症…?」

「かなり珍しい症例だ。世界の人の中でも片手で数える位しか症例がない」

書類から少女に視線を移し続けた。

「この病気は何の前触れも無く発症し、色を知覚できなくなる奇病だ。そもそも、人が色を認識するにはL・M・S錐体それぞれが別の色を光として吸収したものが視神経に伝わって…」

「……」

難しい説明になり少女が眉を寄せ、唇を尖らせ不満げな顔になる。昇は目を閉じたまま人差し指を立てて饒舌に話し続けた。不意に片目を開けて黙り込んだ少女の表情に気づき口を噤んだ。

「ようするに脳が色を認識している。色彩欠乏症はその為の部分の何処かに異常を来して起こる病気ということさ」

「じゃあ私は脳の病気、ってこと?」

脳、という単語だけでもまだ幼い少女には重く感じた。

「…正直に言うとね、この病気の原因は未だに分かっていない。言えるのは三つ。一つは、この病気は死に至る病では無いこと。二つ目は、他人に移る病気ではないこと。三つ目は……」

二本の指を立てて説明を続ける昇の言葉が不意に止まる。

「三つ目は?」

「…それを話す前に私から一つ聞いてもいいかな?」

眼鏡を外して視線を下げる。少女の瞳には昇がとても辛そうに映った。

何故こんなにも辛そうに此方を見るのか、見当もつかなかった。それでも、その言葉が真剣なものであることが伝わりゆっくりと頷いた。

「君は、何があっても生きようと思うかい?」

「…うん。私には守らなきゃいけない子が沢山居るから。そう簡単に死ねないの」

孤児達の顔が頭に思い浮かび、はっきりとした口調で答える。迷いなど一切無かった。

「そうか。君らしいね」

 昇の表情が優しくなり、一息吐いてから言葉を続けた。

  「……この病気には治療法が無い。治った例も一つもない」

  「え」

 少女は言葉を失った。

昇が何を言いたいのかが分かった。理解してしまった。

  「症例が少ない分今はまだ見つけられていないだけで、これから先見つかるかも知れない。そうすればすぐにでも直すことが出来る」

  「…」

呆然と口を開き硬直している。

「それに、他の人に移ることがないからあの子達とも今まで通り一緒に居られるよ」

「…」

固く唇を結び固まっている。

 「私はね、若い頃からこの職業をしていてこれまで多くの患者さんを治療してきた。自分で言うのもなんだけどそれなりに良い腕の医者なんだ。だから何も心配しなくて良いんだよ」

 「…」

何の反応も示さない。

 「…君には医者という職業の人が常日頃願っていることが何か分かるかな?」

 「…」

何の返答も無い。

昔を思い出すように窓の外を眺めた後微笑んだ。

 「それはね、患者さんの幸せさ」

 「!」

 眉が僅かに動く。

「患者さんがこの先も幸せに生きられますように、そう願っているんだ。だから、どんなに苦労しても諦めないで治療する。それが医者の嵯峨だと思っている」

「…」

焦点が昇に合う。

「勿論、金銭目的の人も中には居る。けど、私はそういう人は医者では無い、そう考えている」

「…なんでそんな話をするの」

固く閉ざされていた口を開いて昇を見つめる。

少女の震えている声を聞くと、彼女の手を優しく握った。


「君のことを幸せにしたい」


「っ…」

 硬直していた瞳から涙が溢れた。

酷い話だ。

治る事のない病気だと断言した本人がそれでも希望を見せてくる。目だけでなくこの胸すら焼かれてしまうほどの目映く熱い光。暗闇の中に居る少女では触れただけで溶けてしまいそうだった。

「君の病気は他でも類を見ないものだ。治療は困難なものになるだろう。それでも、私は君を救いたい」

「でも、お金も何も無い、のに」

嗚咽しながら言葉を紡ぐ。

少女の言葉を聞いた昇はからからと笑った。

「言っただろう?これは医者の嵯峨だ。私が勝手に君のことを助けたいだけなんだよ。だからお金なんていらないさ」

「でも…」

「そんなに気にするなら、一つだけお願いしても良いかな?」

それでも食い下がる少女の頭に皺だらけの手が置かれる。

「幸せになってくれ。患者さんの幸せこそが私にとって一番の報酬だから、ね」

「ぁ……」

もう堪えられなかった。

その後、診療室から少女の泣き声が響き渡った。

これまで、人前で決して泣くことの無かった少女が初めて人前で声を上げて泣いた。赤子のように大声で泣き叫んだ。少女の泣き声を聞いた孤児達が診療室になだれ込んできても涙が収まらなかった。昇が心配そうにしている孤児達を連れて部屋を出て行き少女だけが残った。それでも涙は止まらなかった。



閲覧頂きありがとうございます。

初めは昇のキャラ設定が上手く出来ず色々と試行錯誤していましたが、かたまってきました。

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