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第一回 稲荷杯争奪 大江戸料理大会 (終) 

ここからチート。

締め切りオーバー。

未完OKじゃなかったら、お蔵入りの尻切れトンボという。

はい、以後気をつけます。


では続きをどうぞ。

 それはステーキというにはあまりにも大きすぎた。

 巨大で。

 分厚く。

 重量感は押さえきれるはずもなく。

 そして骨つきだった。

 それはまさに肉塊と呼ぶにふさわしい代物だった。


「これは、牛の丸焼き、いや半分だから半身焼きかーっ!?」

「・・・」

「・・・」

 重ねて言うが、江戸時代に肉食の文化は表立つていない。

 審査員、出場者、観戦している会場の全員を持ってしても、丸焼きと聞いて想像できるのは、せいぜい雀の串焼きだ。


 なんという質感。

 嗅いだことの無い香り。

 本来肉を焼く匂いに慣れていない日本人にとって、風に乗り漂うその微粒子は忌避すべきものだろう。


 しかし、どうだ?


 溶け出した脂身と擦りこまれたスパイスの合わさった衝撃は?


 そう、それはまるで鼻っぱしらに一撃食らったようなインパクト。


 ヒトですらそうなのだ。


 これがマズル=長く伸びた鼻先と口を持つ生き物? なら?


 あぉーん、あおぉーん、と。


 江戸中の犬が遠吠えしだすのも。


 ふらふらと近づいた御キツネ様が静かに、それでいてがっつりとかぶりついたのも無理はなかった。


 たっぷりのニンニク。

 ほどよい黒胡椒を始めとした様々なスパイス。

 心憎いのはペ・リー提督───というかその部下の料理担当士官───には不慣れなはずの醤油をなんとか使いこなした点だろう。


 面積のない極小のポイントは。


 普段から慣れしたしんだ味として、異国のスペシャリティを、この国のご馳走へとするのに成功していた。


「・・・うまそうアルね」

「ある意味、美しい料理だ・・・」

「丼にはおさまらねぇ」

「握るのも無理だな、こりゃ」

「わしゃー肉は好かん! 好かんが・・・」

 ポツリポツリともれる参加者の呟きは、敗北宣下か。


 ざわざわとしている会場の言葉も一つ一つ拾えば「食べてみてぇ」「どんな味がするのかしら?」と(けな)すよりかは、好意を持ったものが多いだろう。


 中まで火を通すため、カリカリに表面を焼き上げた牛の半身は見ようによっては黒い乗り物。


「コレデ エドワン モ カイコウ デース! HAHAHA!」


 黒船来航再び。


 またしても、海外パワーに敗北するかに思えたその時。


「あの~」

「私たちのりょうりも食べてくださいっ!」

 最後の参加者の料理が現れた。




「おい! 何であんなちいちゃい子が出てんだ?」

「あー。くじ引き枠だな。予選とは別の」


 そう、料理は名前でするものではない。


 煮たまま忘れられ、放置されて糸を引いた大豆が納豆となったように、どこに美味が隠れているかは時に誰にもわからない。


 それを見つけるのは運だより。


 そんな理由で(もう)けられたのが“くじ引き枠”であり、引き当てたのが兄でさえ前髪のある兄妹だ。


「「食べてお母さんの病気を直してください」さいっ!」

 妹に至ってはまだまだ舌足らずですらある。


「ああ。はいはい。食べる、食べますよー」

 しかしその小さい声は肉塊に夢中だった御キツネ様、別名堕ギツネを夢から引っ張り出(叩きに叩き起こ)す力を確かに持っていた。


「ほら、口拭いて!」

「はい」

「床几も起こして」

「はい・・・」

「子供の前なんだから! あんまりみっともない行動をしない」

「わかりました」


 嘉平に叱られて袴から出ているしっぽまでうなだれたところに

「どうぞ!」

 と差し出されたのは───


 それは食事というにはあまりにもスカスカすぎた。

 キツネ色で。

 ある意味分厚く。

 重量感は感じられるはずもなく。

 そして揚げ物だった。

 それはまさに油揚げと呼ぶにふさわしい代物とドロのだんごだった。


「「これつけてください!」」

 それは───いい加減くどいので省略───。


「・・・醤油じゃな」

「長屋の隣のおばさんから分けてもらいましたっ!」

 この時代、醤油は量り売りだが、容器もないのだろう。


「皿、だと!?」

「蓋もできないだろう、あれじゃ?」

「こぼさずに来ただと!? 一体全体どこからだ?」

 

 下駄(げた)どころか草鞋(わらじ)さえはいてない二人の足の汚れを見ればわかる。

 ちょっとやそっとの距離では無いことが。

 そして大して深くも無い皿の醤油がどう運ばれて来たのかも。


「お兄ちゃん、うで、つらいでしょ? 代わろうか?」

「まだまだ、へっちゃらさ! ほらあの角まで行ったら交代なっ!」

 角でするのは交代ではなく、休憩だろう。

 少しだけ妹に持っててもらった皿は、動き出すときには兄へと戻っていたに違いない。


「優勝」

 小さな右手二本、御キツネ様によって掲げられた。


 パチ、パチ、パチパチ、パチパチパチパチ!!


 万雷の拍手。


「おっ母さんの病気は働きすぎによる過労である。栄養のある物を食べて休めば必ずや治るであろう」

「栄養・・・」「えいよう?」


 スッ。


 それが難しいと悟った兄と、まだ意味のわからない妹に見事な螺鈿細工の施された重箱が差し出された。

 その隅には生卵。江戸時代には知るすべもないが後に完全栄養食と呼ばれる代物であった。

 スッ。焼き上げられ、トロトロに煮込まれた叉焼が。

 スッ。揚げられた海老や魚や野菜が。

 スッ。二の重には食べやすく両断されたお寿司が。

 スッ。海苔と長芋で作られたからこそ生じる、粘りを持ったうなぎもどきが。

 ゴトン! スッではなく、ゴトン!

 三の重には骨と、・・・御キツネ様のよだれがついた部分を除き、特に柔らかい部分を厳選したピンク色の塊が特製ソースと共に。


「HAHAHA。マザーを大切にしてくだサーイ」

 

 ・・・感動するシーンである。

 間違っても「お前、日本語ペラペラじゃねーか!」とか突っ込んではいけない。


「ぐすっ。これが、これこそが他力本願。御キツネ様は神道? そんなの、ぐすっ。そんなのはいいんです」

 実際、江戸時代の神社仏閣は、読んで字の通り、神仏習合=神道も仏教も一緒に信仰するのがおかしくなかった。


「これだと生野菜が足りなくないか?」

「野菜だな? 使わなかった物がある」

「HAHAHA! トマトは万能デース!」


 特製お重の完成は近い。


「これは、お隣のおば様に。こちらは自分の家で使いなさい。容器は返さずともよいぞ」

 きゅっ。瓢箪なのか、へちまなのか、落花生なのか。

 コトン! 独特の形にひょうきんな顔や姿が描かれた陶器の入れ物に入った醤油を、御キツネ様が料理の隙間につめたところでパタリと蓋がされた。


「わぁ!」

「ホントにホントに御キツネ様だ」


 ふわり。キツネ顔を覆っていた薄絹で包まれた重箱はなぜか、見た目よりもずっとずっと軽かった。


「嘉平?」

「わかっております」

 このお重は確かにご馳走だが、それだけで兄妹の母が回復できるかと言えば。


 毎日のちゃんとした食事がきちんとした体と心を作る。


・・・これから嘉平の店で家族ごと働く事となる親子と違い、毎日毎月毎年と油揚げだけ食べていたどこかの誰かさんが、ぷっつんしたのも無理が無い話しなのだ。


「では、私は戻る。よしなに」


 再び万雷の拍手に送られ、御キツネ様が光の中に消えて、第一回 稲荷杯争奪 大江戸料理大会は幕を下ろしたのだった。


「あーもう!絶対ばれた! おーこーらーれーるー!」


 ・・・第二回が開かれるかは、定かではない。













「・・・嘉平・・・、嘉平。・・・起きるのです嘉平! かへい!!」

「は? え? 御キツネ様? どうしたんです?」

「どうしたもこうしたも、あるかーい!」


 お怒りである。

 プンプンである。

 ほっぺたまるまるである。


「おーそーなーえ。これなんですけど!」

「ああ。油揚げ」

「なーぜーに。元通りか! 説明せぃ!」

「え? 変わりましたよ。ほら」

 確かに。

 御キツネ様の肉球の上に現れた大皿の上には。


 油揚げの他に泥団子と醤油がそれぞれ別の小皿にちょこんと乗っている。


「ほら。じゃねぇぇぇぇ!」

 叩きつけられた大皿が本物なら油と泥と醤油で布団が大惨事だが、幸いにして幻の料理は溶けるように消えた。


「わかっておりますって言ったじゃない!」

「あれは・・・、あの親子の事かと」

「よしなにって言ったじゃない!」

「あれは・・・、別れの挨拶かと」


「・・・」「・・・」×三。


 再び沈黙がしばらく、二人の間に横たわる。


「・・・開け」

 再び開かれた口から放たれたのは、地の底から届いたかのような深く暗い声だった。


「開くと申しますと・・・、ああ! 鯵とか?」

「魚を開いてどうするのじゃ! 大会! 料理対決を再び!」

「無理ですよー」

「なーぜーじゃー!」

「だって、前回からまだ三日しかたってないじゃないですか」

 無茶言うな、と。嘉平は再び布団に入った。


「無理でも何でもやるのじゃ! って嘉平? おーい、か・へ・い?」


 がばりっと嘉平が頭まで掛け布団をかぶった。


「嘉平? こりゃ、寝るな嘉平! おーきーろー!」

 それからしばらく。


 両人のどちらかが。


「あれ? 店の皆で食べてる食事をそのまま捧げればいいのでは?」と気づくまで。


 日本橋近くの大店の主人の寝室は。


 たいそう夜も明るかったそうな。

 

 

キャプテン翼の第二シーズンを見て実感。

試合が面白いかどうかって、結構実況によるよね、と。


ここまでお読み頂いた方々、ありがとうございます。

さらに恐縮ですが、下の星なんかを塗って頂けると、作者の励みとなります。


五つとは申しませんので、お心のままに。

ぜひともお願い致します。

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