第一回 稲荷杯争奪 大江戸料理大会 (下)
「さぁさぁ始まりました第一回稲荷杯争奪大江戸料理大会! 私、実況の太鼓持ちでございます!」
太鼓持ちと言うのは江戸時代花町で活躍した人の職業であって、別に太鼓の運搬業者ではない。
仕事内容は宴会の盛り上げ役。
現代で言うならば、DJとかラッパーに相当するのかも───しないのかも───しれない。
「さあ、万難を排してこの日を迎えた解説の嘉平さん! 感想を一言」
「え! 私、解説なんですか?」
「はい。ありがとうございます! では選び抜かれた選手、入ってこいや!」
「いつから? ねぇいつ決まったのぉ?」
───少し前───
「おう、見たか高札?」
「見た見た。新しい供えモン決めるってやつだろ?」
「ああ、選ばれた料理の作り主は何でも願いを叶えてくれるっていうんだから、羨ましいね、こぉんちくしょう!」
「え? そんなこと書いてあったか?」
「かーっ! 俺も料理ができたらな、っと!」
「いやだから、そんな・・・」
「でも見物はご自由にってこったろ」
「ああ、それは書いてあったな・・・」
「こりゃ女房を質に入れても行かないとな!」
「え? 何で入場無料の見物で女房を?」
「そうと決まれば、善は急げだ!」
「いや、それは善なのか? おい待てよ! おーい!」
───現在───
「あわわわわ。大事に。これ絶対ばれる。怒・ら・れ・る・・・」
嘉平のとなりで頭を抱えているのは、この事態を招いた張本人? である。
後光はおさえ目、というか無し、顔は薄絹で覆ってはいるが、鼻から先が人と異なっているので正体はバレバレである。
「別に油揚げ以外なら、卵かけご飯でも良かったのに」
一見、一聞、謙虚そうに聞こえるがそうではない。
最近はそうでも無いが、江戸から数百年先の時代、卵は物価の優等生と呼ばれるほど、長年安価な食材であったが、将軍様がいた頃の卵は高級食材だ。ましてや生食できるほどの管理をしたとなれば、値段はさらに跳ね上がるだろう。
「次に来たのは長崎生まれ長崎育ち! 中華の達人珍建 一だーっ!」
なにやら苦悩してるっぽい御キツネ様をよそに入場アナウンスは続く。
中華の珍建 一。
日本料理の八千善。
天ぷら、麺屋台代表、二八ならぬ一八。
寿司の三可立里。
精進料理の弓ム 三去あたりが勝だろう、というのがもっぱらの下馬評であった。
「おおっと! ここで、飛び入り!? 飛び入り選手の登場です! これは大柄、いや大型で色白。海外からの刺客、ペ・リー提督が部下を引き連れ堂々の登場だーっ!」
「そこで区切ると西からきたのか、東からきたのかわかりませんね」
「ああ。 “ぺ” だとあの国によくある名字で、“リー” もよく聞く名字です!」
その他にもなん組か出場するようだが、さほど名の知れた人物はいないようだ。
料理は名前でするわけでは無いが、それでも美味しい料理を作れた人物は名を残す。
「それでは、クッキ、いや違った、料理開始!」
言い間違い? にピクリと反応したのはペ・リー提督だけだった。そして彼は、日本語があまり堪能ではないので太鼓持ちの秘密は守られた。
・・・ここで転生者とか出てくると話がややこしくなること受け合いなのだ。
ドン! と打ち鳴らされた太鼓の音を合図に、参加者が一斉に料理場へと移動していく。
材料、料理道具は持ち込みなので、特に急ぐ必要も無い。
「さて、各グル、じゃなかった各組静かな立ち上がり。まずは竈に火をつける。ああっと、その中で一人、紙を取り出したのはーっ?」
「はい! 本部、こちら精進料理の調理場です。弓ム 三去和尚が書き始めたのは料理名・・・お品書きのようです!」
「なるほど! 弓ム 三去和尚は達筆で有名ですからねぇ。ああ、紹介が遅れました! 会場をまわってリポ、じゃなかった中継も駄目か、詳細を報告してくれるのは江戸の三大美人、水茶屋かぎ屋お仙、楊子屋の柳屋お藤、茶屋の蔦屋およしの三人娘です。どうですか嘉平さん?」
「妻がいるので、論評は控えさせて頂きます」
「おおっと。引っ掛からない。これで家内安全。どうやらペ・リー提督の集団含め、竈の着火は成功している」
「ちょっ、おま、人ん家の安寧をどう考えて・・・
」
「実行の太鼓持ちさん!」
「はい! なんですか」
「中華の珍建 一さんの集団の用意した物は小麦粉、卵、謎の液体、醤油、猪肉!? 鳥の骨・・・! のようです!」
「なるほど! これは何ラーメン、いや拉麺が出来上がるかわからない。非常に楽しみです」
「らーめん? なんだそりゃ?」
「何であいつ言い直したんだ?」
「うわぁ、肉の固まりかよ・・・」
この時期、仏教が基本だった日本ではあまり肉は食されていない。
「太鼓持ちさん!」
「はい」
「こちらペ・リー提督の調理場ですが・・・」
「おおっと! その巨大な物は?」
「びーふ? びーふなる動物の半身だそうです!」
「はい。牛、ってわかったらまずいのか。びーふ。どんな動物何でしょうねぇ?」
「わかり次第お伝えします!」
「日本料理の八千善さんは、飯、汁、向付、酒、煮物、焼物、預け鉢、吸物、八寸湯と香の物。菓子 は完成した品を出すようだがそれぞれの担当が淀みなく調理しているぞーっ!」
「安定感があります。ありますが・・・」
「なんですか?」
「捧げるあたって、代金は誰が払うんでしょうねぇ?」
「さぁ! 薄絹越しでもわかる舌なめずり! お稲荷様は期待大だぁ!」
「実況の太鼓持ちさん!」
「はい!」
「天ぷら、麺の一八さんが微動だにしません!」
「おおっと! これはトラブじゃない、何か問題発生、というわけでもないのか。顔を高揚させながら、静かに腕を組む、その胸のうちは・・・?」
「・・・」
「え? なんですか? はい? 『貴女みたいな美人に近くで見られるとやりづらい。天ぷらは揚げたて、麺は茹でたてをお出ししたいので、今は』? あっ! これは失礼しました!」
「これは思わぬ弱点かーっ! そしてとなりの寿司の三可 立里さんは打って変わってすごいスピじゃなくて、早さだーっ! おっとここで?」
「太鼓持ちさん!」
「はい! 見ております」
「ここで出してきたのは柳刃、細長い包丁です。お寿司は完成しているようにみえるんですが・・・あ? えーっ! 切りました! 一貫が真っ二つです!」
「なるほど! この時代のお寿司はお握りサイズ。食べやすいように半分にしたのは今日、この時だったのか! まさに今の我々は歴史の生き証人!」
「この時代? サイズ?」
嘉平が怪訝そうな顔をするが、太鼓持ちの正体に気づきそうなペ・リー提督は慣れない調理器具でステーキの焼き加減を見るのにいっぱいいっぱいである。
「太鼓持ちさん! 緊急事態です!」
「どうしました?」
「もう時間がありませんが、弓ム 三去和尚のお品書きがまだ書き上がりません!」
「おおっと! これは大ピンじゃなかった、危機? だ。お品書きが書き上がってない以上りょうりも手付かずかーっ!?」
「いえ、それは他のお坊さんが」
「・・・そうですか」
「そうです」
ドン!
「ここでタイムアッ、じゃなくて調理時間終了! 実食となります!」
「中華の珍建 一さんのお料理は?」
「これは、蕎麦ではなく饂飩? 材料は小麦のようですが・・・」
「それはらーめん。中国三千三百年ちょっとの集大成ね」
ずー。ずー。
「御キツネ様感想は?」
「・・・おおっと! 猫舌ならぬキツネ舌。一応丸、腕が丸」
「日本料理の八千善さんのお料理は?」
「これはもう素晴らしいの一言ですが」
「ですが?」
「お供えしてくれるわけではないんですよね?」
「はい、はい。料金は一食三両」
「・・・払えなくはないんですが、払い続けるのはちょっと・・・」
「御キツネ様、泣くか食べるかどっちかにしてください」
「天ぷら、麺屋台代表、一八さんのお料理は?」
「はい、キツネ舌ですね」
「丸、ということは合格、ですね」
「寿司の三可立里さんのお料理は?」
「ああっ! 醤油はネタ、魚の方につけるんですよ! ちょっと! ちょっと、ちょっとだけです」
「これは思わぬ伏兵! この時代の醤油はどんぶりつけ回し! 慣れないと食べづらい!」
「あ、味は合格のようです」
「精進料理の弓ム 三去さんの料金、の前にお品書き! お品書きが圧倒的な出来映えだーっ!」
「さすが、いま聖筆と呼ばれるだけありますね」
「さて、料理の方は?」
「・・・これうなぎじゃない・・・」
「もどき、料理です。お坊さんは肉、魚はもちろん、ニラ、ネギなど匂いの強い物も食べられません」
「この豆腐は美味しい・・・」
「胡麻豆腐。胡麻豆腐がクリーンヒット! じゃなくて・・・大当たりだーっ!」
「次は飛び入りのペ・リー提督ですが、これはーっ!」
ガタッ! ガタッ!
勢いよく立ち上がったせいで倒れたのは椅子ではなく、き床几であった。