短編版 【お前、令嬢とヤっただろ】冤罪で追放された元最強は、世界で2人目の魔女に拾われるそうで
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「お前、令嬢とヤっただろ。戦えなくなったクズが」
王都パラディ内にある中央議会所。
その証言台にて。
俺――シルヴェスタは謂れのない容疑を掛けられていた。
「は? いきなり何のことです」
「とぼけるな。子爵令嬢であるエリアスタ嬢が、お前に襲われたと証言している」
そうやって俺を糾弾してくるのは赤髪の男だった。
名をイドヒ・キルケーという。
侯爵家の出であり、王国騎士団の現総長を務める貴族だ。
「襲われたって……俺は何もしていませんが」
「何もしていない訳ないだろ! いまエリアスタ嬢は、貴様に襲われた恐怖で私室から一歩も外に出られないそうだぞ」
イドヒは卓上を思いっきり叩き怒声を上げた。
こんのっ、どうあっても俺の話に聞く耳は持たないつもりか。
たしかに一昨日の晩、俺はエリアスタ嬢の屋敷に招かれはしたさ。だが断じて寝室には入っていない。ましてや、このイドヒの元妻である令嬢と同衾なぞするものか。
「フン。お前がいくら言い訳をしようと無駄だ、シルヴェスタ。なんせお前には動機がありすぎる」
見当違いも甚だしく。
下劣な笑みを浮かべたイドヒは、すっと法壇から立ち上がった。
「かつて王国最強とまで言われたお前も、ある任務で帝国に呪いを掛けられて以来、騎士団では荷物状態だ。そのうえ体の不自由な姫様には介護をやらされ、給金も随分と減ったそうじゃないか? 【平民の出】であるお前は焦ったはずだ。このままでは、またクズに戻ってしまうと。それこそ、ついつい子爵令嬢に手を出してしまうほど、焦ったに違いない!」
脳内花畑とは、きっとこういうやつの為にある比喩表現なのだろう。
全くもって人の神経を逆撫でする天才だ、コイツは。
そもそもイドヒは性根が腐った男である。
侯爵であることを盾に、私生活では何人もの女性を娶り、その異常性癖で全員を廃人にしてきた悪逆貴族。
エリアスタ嬢もコイツの被害者の一人だ。子爵令嬢なんてものは、侯爵家に逆らえないんだろう。
まったく……こんな奴まともなはずが無い。
当然――。
――ふん、吾はいつかやると思っていたぞ。
――だから呪いを受けた日に処刑でもしろと……。
――本当に穢らわしい。同じ空気も吸いたくないわ。
俺の狼狽するさまを肴に、野次を飛ばす他侯爵家ども。
こいつらだってクズだ。
「まじで腐ってやがる……」
昔から自分の肩身が狭いのは知っていた。
理由なんぞ簡単で、俺が平民の出であるからだ。
王国は元来より身分主義。
爵位や血筋をなにより重要視する文化だ。
重要ポストになるには、それ相応の家の生まれであることが半ば必須となる。
それなのに俺が王国騎士になれたのは、それこそ誰もが無視できない戦績を刻んだからだろう。
帝国との戦争中、多くの戦果をあげたことで大出世をしたからだ。
だが昨年――俺は帝国との戦いで失敗を犯す。
解呪不能の呪い。
それは魔力が生成できず、スキルも使えなくなる呪いだった。
被呪してからは生活が一変したさ。
それまで何も言ってこなかった貴族どもは、途端に平民上がりだからと俺へ嫌がらせをしてくるようになった。
騎士団員もほとんどが貴族の次男か三男。
必然、周りの風当たりは急に厳しくなった。
あのとき姫様が手を差し伸ばしてくれなければ、どうなっていたことか……。
こいつらクズに恩義も情も無いが、彼女を裏切るような真似を俺がするわけないだろう。
しかし、結果は既に決められているようだ。
「これまで最低限は目にかけてやったというのに……この恩知らずめっ!」
下劣な笑みを浮かべたイドヒは、勝利を確信したように宣言する。
「シルヴェスタ・H・ウォーカー。貴様に国外追放を言い渡す。賛同する貴族たちは拍手を持って答えたまえ!」
まるで初めから決まっていたように。
元から台本でもあったかのように。
拍手喝采は沸き起こり、議会所の熱量はますます上がっていった。
■
「賛同派多数により、シルヴェスタ。これでお前の追放は決定だな。心を病まれたエリアスタ嬢も喜ばれることだろう」
「……」
ニヤニヤと家畜にも劣る醜悪な面貌で、イドヒは俺にそう告げた。
全て最初から仕組まれていたと気づいた時にはもう遅い。どれだけ反論をしようと、議会で可決されてしまったものは覆すことはできないからだ。
「女を襲う輩がいるなど、気が気でなかったのだ。ふふん、これで清々する。そもそもお前が王国最強と謳われていたことすら可笑しかったんだ」
「それ本気言ってますか、イドヒ総長」
「本気も本気さ。お前は戦場で強い敵と当たらなかっただけのマグレであろう。その証拠にお前は罪人として裁かれ、私は騎士団総長にまでなった!」
……呆れた。
イドヒが俺のことを嫌っていたのは知っていたが、ここまでだったとは。
「さて話は終わりだ。詠唱師たちよ、このクズを拘束しろ」
「はっ。魔力も生成できない俺に魔法攻撃ですか? あんだけ言っておいて、結局はビビってんすね」
「っ……なんだと、この下郎が!」
図星でもつかれたのか。
挑発されたイドヒは詠唱師を押し退け、俺の前に躍り出た。
そして俺の前髪を掴み取る。
ずごんと鈍い音が頭に響いた。
「あんまり調子に乗るなよ、平民が! 死ねッ! 死ねッ! このカスがあっ!」
「……ッ!」
「ふぅ――……ふ、ふう――……ふはは、いい気味だ。魔力がないぶんっ、魔力膜で覆われた私のほうが頑丈になっているな」
何度も俺の顔面に突き刺した無傷な拳を見て、満足気に微笑むイドヒ。
柔らかい鼻や喉しか殴らないから、無傷なだけだろうが。
俺は、ふんっと鼻血を飛ばし、盛大に息を吐く。
なんだかもうどうでもよくなってきた。
追放にされるんなら、せめて選民思想に囚われていない、有能な後輩にでも姫様のことを引き継ごう。あの人も身体が弱いせいで、王族でも肩身が狭いしな。
彼女には悪いが、俺はもうくだらない談笑相手になれそうにない。
「なんだその不敵な目は」
「うるせーよ。追放なんだろ。さっさと身支度させに帰らせろ」
「チッ、まるで反省してないようだな、貴様は」
イドヒはそう言って、懐から何かスクロールを取り出す。
「折角だ。確定するまで内緒にしておくつもりだったが、良いことをお前に教えてやるよ。こいつを見ろ。これは王太子様より預かったトレードスクロールだ」
王太子様?
俺は一瞬そう訝しむ。けれど王太子様といえば、たしか王族の中でも平民嫌いで知られている人だ。
なるほど。この茶番劇には裏で王家の人間も噛んでいたということね。
そんな王太子をバックにつけて俺に見せたいことは何だ? どうせ追放されるし、興味もないけど。
「足手まといの貴様を追放させられた暁に、私はある褒賞をいただくことを約束されていたんだ。それが何か気になるだろう? んん、どうだ教えて欲しいか?」
「……別に気にならん」
「そうかそうか、気にならないか。ならルリス様にはそう伝えておいてやろう。なんせ私への報酬は、ルリス第二王女姫――つまり、お前の主君を私の正妻として迎え入れ、私が公爵の位を得ることだからな!」
「はぁ――――!?」
「ハハハハ!! どうだどうだ! 地位も力も国も主君も奪われた気分は!」
イドヒは聞き捨てならないセリフを吐き捨てた。
幾人もの妻を娶り、そのすべて非道な手練手管で廃人にしてきたこの屑が、彼女を正妻に……?
「どう楽しいもうかぁ? 王太子様はあの身体が不自由な姫をガラクタとして見てるから、好きに遊んでいいと仰られた。王族の女……どう凌辱するのが1番いいと思う、なぁ、シルヴェスタ? んん?」
「……ぶっ殺す」
冗談にしたって笑えない。この屑を体現したような人間に、彼女を嫁がせるのは騎士としてだけじゃなく、俺個人として見逃せない。
思わず俺はイドヒに飛びかかった。
が、それでも一歩届かず。
いつの間にか周りを取り囲んでいた十数人の詠唱師。彼ら彼女らが、イドヒを守るべく一斉に杖を掲げ、複数の魔法を俺に掛けてきたのだ。
「フン。やはり平民はゴミだな。こんなのに苦戦していた帝国も、やはりゴミ以下だ……詠唱師どもよ、こいつから装備品と金品を剥いで適当に追放しておけ。どうせ戦えなくなったクズだ。脅威にもならん」
「く、もう少しもの考えて喋れよ……あとで後悔させんぞっ」
「安心しろ。そのうち忘れてやる」
複数の魔法を掛けられ、その場で蹲った俺に対してイドヒが唾を吐き捨てる。
未だに俺とイドヒの周りを囲む貴族らの嘲笑は絶えない。
同時、詠唱師らが放つ第二波魔法が俺の体を包み込んだ。
■
追放されてから一週間後が経った頃、俺は王国から離れ辺境の地マトークシにいた。
マトークシは王国領土と公国領土の間にある集落地帯の総称だ。
ベイベリー大森林やマユ山が隣り合った場所で、土地の95%は大自然。残り5%だけ人が住める地域になっているらしい。
緑豊かすぎる為、ここではよく魔獣が現れる。
追放された際、装備品は全部持っていかられた俺は、急造の石短剣だけで魔獣の相手をさせられていた。
そんな今の俺には危険としか言えない土地に何故来たのか。
それは昔から、マトークシには被呪者の呪いを解く秘密のスポットが眠っていると有名だからだ。
あのクズ……イドヒとルリス王女の婚礼を取りやめさせるには、何としてでも力を取り戻す必要がある。
呪いを受けてから散々と解呪を試してきたがどれも効果なし。もう頼れるのは、ここしか無かった。
「グォオオォン!」
「うぉお、出たぁ!」
大樹の根っこを踏みしだきながら歩いていると、さっそく魔獣が出てきた。
猪型の魔獣だ。名前は知らん。
ただ猪型の魔獣は基本的に足が速いやつが多いらしい。最速の個体ならトップスピードはAランク詠唱師の魔法弾速と同じだとかなんとか。
「グォ!!」
前かきをしていた魔猪が俺に向かって一直線に駆けてくる。
ばっか野郎、予想よりも速いじゃねーか!
「かかってこいやぁ!」
俺は別に帝国との戦争時、魔法とスキルだけで最強と謳われたわけではない。
当然、騎士であるためそれなりに剣術にもそれなりの自信がある。
なにより呪いを受け魔力とスキルを失ってからも、肉体強化と剣術の研鑽だけはずっと続けてきた。
「グ、ォォォ……」
俺の体へと衝突する直前。俺は魔猪の頭に石短剣を突き刺していた。
昔から目は良い方だ。動体視力だけであれば、音速のものだろうと目で追える。
死角以外からの攻撃は全部捌ける剣術と反射神経を手に入れたのだが、やはり難題は魔力探知と魔力防御ができないことだな。
「はぁ……まじでさっさと解呪しないとな」
俺がそう言った時だった。
「グオォォォ!!」
左後方――つまり死角から、さっきの魔猪と同じ鳴き声が聞こえた。
咄嗟に目配せをする。さっき俺を襲ってきた個体の番か、それとも親か。分からないが体は一回り大きい魔猪が一匹。
しかも既に走り始めており、何なら俺の懐まであと4メートルのところまで来て――、
――やばい、抜けねぇ!
「トリップアップ」
俺が石短剣を抜けず、体に力を入れ踏ん張るのを覚悟した時だ。
横合いから魔法を唱える少女の声が聞こえた。
何かに躓く魔猪。そのまま自身の早すぎる速度も相まって、軌道を逸らし吹っ飛んで大木にぶつかる。
訳が分からなかったのか、体を起こした魔猪は途端に逃げていった。
「GAO、間一髪ってところかな。地走猪の夫婦に出会うなんて、アンタも運がないね」
「女の子……?」
いつの間にか俺の前に立つ少女が一人。
短杖を翳したまま、フードの奥から静かに俺を覗き見ていた。
■
「安心していいよ。もう魔獣避けの施しを掛けたから」
「ありがとう。もうさっきのも来ないのか?」
「うん。地走猪は基本ビビりだしね」
軽やかな声音で少女はそう告げる。
どうも彼女はこの近辺に慣れているらしい。やたらと魔獣にも詳しそうだ。
そんな少女は、俺のことを足のつま先から頭のてっぺんまで一通り舐めるように見ると、こてんと小首を傾げた。
「このマトークシにいるってことはさ、やっぱり騎士さんも解呪目的だったりする?」
「え? あー、まぁそんなところだけど……って、ちょっと待てくれ。なんで俺が騎士だって?」
俺の言葉を聞いて少女はフードの奥で目を皿にした。何を言っているんだコイツ、と言わんばかりの表情である。
そして俺の胴あたりを指差し言うのだ。
「なんでって、それ騎士服でしょ。それもかなり高いやつ」
「あっ」
そういえばそうだったと思わされた。
流石の詠唱師連中も、俺から服装まではぎ取ることはしなかったからな。
着替える暇もなく――と言うより、新しい服を買うお金が無く――王都から追い出されたのだ。
平時からいつも騎士服を着ていたから、すっかり私服気分でいたのもあるけど。
「それにしても大層な呪いに掛かってるんだね。どこで貰ってきたのって聞きたくなるレベルですごい」
「分かるのかい?」
「うん、まぁね」
フードの少女はそれだけ言うと、少し黙った。
俺はその間に、転ばしていた地走猪の死骸から石短剣を引き抜く。
少女がこっちを見た。
「GAO、アンタ呪いで魔力も生成できてないでしょ? 魔力膜も張れない人間なんかマトークシにいたら普通死ぬからね。魔獣の中には魔毒を放ったり、隠密に長けた種類もいるんだから。ほんと今日まで運が良かっただけ」
「それはまぁ……確かに魔力膜なしじゃ危ないけど……」
「でしょ? 悪いこと言わないから、さっさと解呪なんて諦めて帰んな。一度助けた人が死ぬなんて、私も目覚めが悪いからさ」
「それは駄目だっ――」
咄嗟に俺は彼女の言葉に覆い被せ、叫んでしまった。
流石に少女も怪訝な表情を浮かべて返してくる。分かってもらいたいなんて気持ちは、さらさらない。
だが諦めろと言われて、はいそうですかで済ませるほど、俺もできた人間じゃないってことだ。
例え死ぬかもしれないとしても、それでもやらなきゃならんことがあるってことだ。
「悪い、大きな声出して」
「別に気にしては無いけど……なんでそんなに必死なの? やっぱり王国の人間ってことは地位が大事ってこと?」
「地位じゃない。大切な人に逢うためさ」
感謝の言葉も伝えられず、追放されてしまった。
しかも自分のせいで最悪な人間に嫁がされる羽目にもなって。
これは俺がやらかしてしまったことだ。エリエスタ嬢やイドヒなんかに嵌められた俺のせいだ。
だから何とかしてやりたいという気持ちがある。
けど、それを何とかするためには今の俺ではあまりに無力すぎた。
「どうしても助けたい人がいるんだ…………あんたにはなるべく迷惑をかけないようにするよ、だから見逃してくれ」
俺がそのまま踵を返そうとした時だ。
フードの少女が短杖を俺を突き付けてきた。
「気が変わった。いいよ。私が呪いの解き方を教えてあげる」
「…………は? 今なんて?」
「GAO、私の持ってる鑑定スキルはちょっと特殊でね。騎士さんに掛けられた呪いの詳細も、それに引っ掛からない裏技も教えてあげられる」
まじか、この娘……!
呪いの詳細が見える鑑定スキルなんて聞いたことが無い。それが本当なら物凄い事だ。何百年とこの世界に生まれてきたことが無いスキルである。
それこそ、出るところに出れば超重要人物として召し抱えられるほどに。
だからこそ、俺は少し警戒してしまう。
「どうして急に気が変わったんだ。悪いけど、君にはメリットがないだろ」
「別に気にしなくていいよ。もちろん、こっちも打算ありきってだけだからさ。私はどうしても王城に入りたい。あんたが何をするか分からないけど、呪いを解いたら王国に乗り込むんでしょ? 私もその時に連れて行ってほしい」
少女は俺の方に向き直りそう言うと、ゆったりとした歩調で俺に近づいてくる。
「だからこれは契約。私がアンタを拾ってあげるから、アンタは私の役に立って」
完全に俺の真ん前まで来た少女は、静かな口調でそう告げた。
身長差のせいで、自然と俺が見下ろす形になっているが、どこか見下ろされているような感覚になるのは、気のせいだろうか。
俺はごくりと唾を飲んでしまう。
「あ、そういえば騎士さんの名前は?」
「え、あ、あぁ。シルヴェスタ・H・ウォーカーだ」
「GAO、ながっ! めんどーだからウォーカーの方でいい?」
さっきの重苦しい感じとは一転。驚いた様子でそういうも、少女はくすくすとあどけない感じに笑う。
まじで変な子に目を付けられた感じしか、しないんだけど。
「私はラスティ。好きに呼んでいいよ」
「好きにって、ラスティ以外どうも呼べんだろ」
「あー、たしかにそうかも。私もラスティ以外で呼ばれたことないや」
本当に大丈夫なのか、この子?
困ったように笑うラスティに、一抹の不安を覚えないわけではない。が、この子と出会い、はじめて光明が見えたというのもある。
これはきっとチャンスなのだろう。
「わかった。まぁなにはともあれだ。俺は呪いを解呪したい。あんたは何をするか知らんが王城に入りたい。俺たちの目的はある意味では交わっているって訳だ。だったら俺も拒む意味はない」
俺はそう言って右手を差し出す。
だけど、彼女にはどういう意図かわからないらしかった。
「?」
「あぁ、マトークシでは無いのか。握手っていうんだ。王国じゃ友達とか仲間内での挨拶としてやるんだけど……知らない?」
俺はそう言って自分の手と手を結んで説明してみた。
ラスティはそれをフードの奥からまじまじと覗けば、快活に頷く。
「なるほど。私その文化はちょっと好きかも」
そう言って、ラスティが自分も握手を返そうとしてくれた時だ。
ふわりと風が吹き少女の被っていたフードが取れる。
「あっ」
「え?」
面貌をあらわした少女には、常人離れした特徴が二つあった。
紫水晶のような瞳に灯る揺らぐ光。
フードのせいで隠れていた、一対の太巻き角。
ふわりと溢れんばかり零れ落ちた、綺麗に結ばれたピンクブラウンの髪や、讃える言葉を一瞬無くすほど可憐な面立ちより、明らかに目を引く特徴たち。
平時ではまず見ることがないだろう、それらはまさしく――。
「魔女……?」
――ラスティが魔女であることを証明していたのだった。
「あはは、もうバレちゃったかぁ……そう私は魔女と呼ばれる存在。見習いなんだけどね」
それは王国で最も欲され、現在でも世界で一人しか存在を確認されていない伝説の存在。
<魔女に見初められしもの、いずれ国の長となるだろう。>
かつて魔女に選ばれたとされる初代国王。彼がそう予言を残したこともあり、その不思議な存在は今もなお王家によって探索されていると噂があった。
だがここに、歴史上存在しない2人目の魔女が俺の前に立っている。
「今更、契約破棄は無しだよ、ウォーカー。アンタは私――見習い魔女ラスティに拾われちゃったんだから」
見習い魔女ことラスティ。
彼女はそう言い放つと、遠慮なく俺の右手を握るのだった。
◾️
一方その頃。
シルヴェスタが見習い魔女に拾われたのに対して、ある女性に拒絶される男が1人。
「いま何と言った……!?」
「申し訳ございません。婚礼の儀まで、私はイドヒ様を夫としては認めない、そう言いました」
侯爵家であり騎士団総長を務めるイドヒの邸宅にて。
可憐な立ち姿を披露するルリス第二王女は、丁寧に頭を下げた。
「王太子である兄様が決めた事とはいえ、王族の仕来りとして王女が貴族に降るまで必要な儀礼が幾つもございます。私は体が弱いので、イドヒ様の元に嫁ぐにしても時間が掛かってしまうのです」
「な、なるほど、そういうことか。てっきり私は貴方が嫁ぎたくないと駄々を捏ねたのかと……」
「あら、嫁ぎたくはありませんよ」
「は?」
ルリスの言葉にイドヒは目を丸くした。
それもそうだろう。王太子との密約で心も体もルリスを自分のものにできると思い込んでいた男だ。拒絶されるという算段は立てていない。
ましてや、体が弱く王城内でも疎まれ気味である彼女なんかに、下に見られると思っていなかった。
「私には好きな殿方がいますので、別に貴方様のところには嫁ぎたくありませんよ?」
「何を言って――誰だ、その好きな男というのは! 騎士団総長ならず公爵にまで上り詰めた私に対し不敬も良いところだ!」
イドヒが怒鳴り声を上げれば、呆れたようにルリスは肩を落とす。
低脳と喋っていることが彼女は嫌いだった。ましてや、好きでもない男と喋るだけの有用性を、彼女は感じられない人間なのである。
「シルヴェスタ・H・ウォーカー様です」
「は? いまなんと?」
「私がお慕いしているのは、シルヴェスタ様だと言いました」
「な、にを……!」
顔を烈火の如く赤に染め上げたイドヒは、近くに置いてあった装飾品を蹴り上げる。
いつもいつも、彼の周りには「シルヴェスタ」の名前が蔓延っていた。
追い出したと思っていたのに、まだ追い出し切れていない。その事実に苛立ちが暴走を始めてしまうほど、イドヒはシルヴェスタのことが嫌いだった。
ルリスはそんなイドヒを眺めながら、自身の目に垂れた金色の髪をすっと耳に掛け直す。
「イドヒ卿。これは私からの善意で教えることですが」
「なんだっ――!!」
「貴方はきっとろくな死に方をしませんわ」
少女はそれだけを言って、イドヒの部屋から退室する。
まさかこの予言が本当に実現することになろうとは……。
これより先の話。正確には王女と婚礼儀をあげる日。イドヒはこの日を強く後悔することになるだろう。
連載にするか悩み中のもの。
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