ウロボロスの物語(亡国の異邦人) 第1章ー8
今回が初投稿作品になります。読みづらい文章になっているかも知れませんが、誤字脱字等あればご指摘のほどお願いします。
本作品では人が亡くなる描写もあるため、苦手な方はご遠慮頂きますようお願いします。
「私からの話は以上だ」
俺とウィリアムは1時間ほど、この狭い空間で話をしていた。濃密な1時間であり、時間が圧縮されたかのようにそれは過ぎ去って行った。
「他に何か聞きたいことはあるかね?」
ウィリアムは最後に尋ねた。
「大丈夫です。色々とありがとうございました」
俺は頭を下げて言った。
「空港のエントランスに、君をウレウル自治区まで送迎する車を手配している。そこまで見送ろう」そう言うと、ウィリアムは椅子から立ち上がった。
「いえ、大丈夫です。これ以上時間を割いてしまうのは、僕としても申し訳ないので」俺はウィリアムの申し出を断った。ウィリアムはそれに対して特に気にする素振りもなく、「そうか」とだけ言った。
この部屋を出るために椅子から立ち上がると、ウィリアムが手を出し握手を求めた。俺はその手を握り返した。1度目の握手では気がつかなかったが、ウィリアムの手は大きく、どこかゴツゴツとした硬い感触があった。
「Mr太宰、君とはまた会えるような気がするよ」
手を握りながらウィリアムは言った。
「そうですね…」
俺はどのように返すべきか分からず、曖昧に返事をした。
手が離れると俺は軽く会釈をし、ウィリアムに背を向けて部屋から出ていった。薄暗い廊下を歩きガラス扉の前まで来ると、扉はひとりでに開いた。どうやら、ここから出るのに許可は要らないらしい。
公安検疫室を出ると、空港の灯りを思わず手で遮った。それは、しばらく目を開けることができないほどの強い灯りだった。公安検疫室がどれほど暗い場所であったかを改めて思い知らされた。
目が灯りに慣れると、俺はエントランスに向けて歩き始めた。辺りを見渡しながら歩いていると、空港そのものが大きくなったかのような錯覚に囚われた。この空港において、公安検疫室だけがどこか別の空間から切り取られ、押し込まれたかのように存在していた。その異質な空間に長時間閉じ込められていたせいで、自身の感覚にズレが生じているのだ。俺は自らに生じたズレを修正するため、正面だけを向き、空港で起こった出来事を1つ1つ整理しながらエントランスに向かった。
職業適応検査、ウィリアムの話…。それらは俺自身の身に起こった出来事ではあったが、どこか他人事のような気がしてならなかった。どうやら、俺にはまだ自分が異国の地に来ているという実感がないらしい。
気がつくと、俺は空港のエントランスに辿り着いていた。外へと繋がる大きなガラス扉の向こう側に、何台もの連なる車の帯が目に入った。俺は空港を出て、その帯へと向かった。
空港を出ると外の肌寒さに身を震わせながら、深呼吸をして外の空気でめいいっぱい肺を満たした。空気はけして新鮮なものでは無かったが、外の空気を吸っていると不思議と気分は和らいだ。空を見上げると、太陽は俺の頭上で地表に光を射していた。時刻はちょうど真昼にさしかかっていた。
「兄ちゃん!」
遠くで俺を呼ぶ男の声が聞こえた。
車の帯の端に、薄汚れた白い車が停まっていた。声の主は白い車の側に立ち、手招きしていた。俺はその車へと近づいた。
「兄ちゃんかい?。日本人の太宰っていうのは?」
俺が車の側まで来ると、男は尋ねた。
男は白のシャツにチノパンという出立ちで、目には黒い大きなサングラスをかけていた。肌は日に焼け全体的に黒く、それがずんぐりとした体型に合っていた。
「そうです」
「なら、早く車に乗りな。俺はこの空港であんたをウレウル自治区まで送り届けるように言われた運転手だ。随分待たされたもんで腹が減ったよ」運転手の男は矢継ぎ早に言った。
「お待たせしてすみません」
俺は頭を下げた。
「構わんよ。それより、道中も長いことだし早速行こうか」
運転手の男はそう言うと、俺の荷物を手際良く後部座席に詰め込み、運転席へと乗り込んだ。俺は運転手の男の手際を黙って眺めていた。一連の動作に無駄は無く、まるでプログラムされた機械が行なっているようだった。
「何してるんだい兄ちゃん。早く乗りな」
茫然と立ち尽くしていた俺に、運転手の男は運転席の窓から顔を出し言った。俺は言われるがまま助手席へと乗り込んだ。
「それじゃあ、行こうか」
俺が助手席に座り込むと、運転手の男はキーを回して車のエンジンをかけた。カラカラという音を立てながら、車は前へと進み始めた。
車は速度が上がるにつれ小刻みに揺れ、カラカラという不気味な音は次第に大きくなっていった。
俺は後ろを振り返り、後部座席から改めて空港を見た。空港は既に俺の手に納まるほど、小さな情景と化していた。そんな空港を見ていると、そこで起きた出来事など取るに足りないものだったと、誰かに言われているような気がした。
空港が見えなくなると、外は高層ビルが無数に建ち並ぶ風景へと変わった。それは特に面白みもない、どこにでもあるような都会の風景だった。俺はただ黙って流れる外の風景を眺め続けた。
俺が何も喋らないことに対して、運転手の男は居心地が悪かったのだろう。外を眺める俺に何の脈絡もなく問うた。
「兄ちゃん、よその国から来たんだって?。何でまた、こんなこんな国に来たんだい?…」
これで第1章が終わり、プロローグへと繋がります。まだまだ先は長いですが、一区切りを終えて僕としてはかなり満足しています。
第2章ではネームドキャラクターが一気に増え、ようやく物語が動き出していきますが、しばらくは誰も死なない平穏な物語です。
私事ではありますが、最近仕事を辞め暇であるにも関わらず、暑さのせいでなかなか執筆作業が進みません。第2章が終わる頃には、季節が変わっていると良いのですが…。
とは言え、まだまだ暑い日は続きますので、皆さんもお身体に気をつけてこの夏を乗り切って下さい。
※次回投稿予定 2023年 8月16日(水)