ウロボロスの物語(亡国の異邦人) 第1章ー6
今回が初投稿作品になります。読みづらい文章になっているかも知れませんが、誤字脱字等あればご指摘のほどお願いします。
本作品では人が亡くなる描写もあるため、苦手な方はご遠慮頂きますようお願いします。
「ところで、Mr太宰。君は何故、農作業員を職業として選択したんだ?。他にも良い選択肢は沢山あっただろう?」
「どの職も自分には荷が重すぎると思ったからです」
俺が選択した職業をなぜ知っているのかという疑問を抱きつつ、俺は質問に答えた。
「そうか…。他にも何か理由はあるのかね?」
重ねてウィリアムは問うた。
「後は大した理由では無いです。今まで自分が全く関わってこなかった分野が農業なので、興味を惹かれたというだけです」
ウィリアムに答えた内容に嘘は無い。ただ、俺の本心というものがそこには何1つ含まれていないだけだ。
「なるほど、よく分かった」
口ではそう言ったが、ウィリアムの表情にはどこか納得しかねる様子があった。
「変な質問をしてすまない。実は君には『注告』以外にもう1つ、訳があってここに来てもらったんだ」ウィリアムはそう言うと口を閉ざした。
ウィリアムは指で顎を触りながら次に出す言葉を探していたが、なかなかそれは見つからないようだった。
「国家公安局に来る気はないかね?」
やっとの思いで出たウィリアムの言葉は、飾り気のないシンプルなものだった。
「それは…。僕が選んだ職業を変更しろということですか?」
「我々は、君の選んだ職業を強制的に変更させる権限を持ち合わせていない。職業適応検査による選択的職業制度では、職業の選択はあくまで個人に委ねられている。個人の選択という神域を犯すことは誰にもできない。だから、我々も勧誘という形でしか君を国家公安局に誘うことができない」
「僕がその誘いを断った場合、僕に何か不利益が被ることは?」
「無い」
ウィリアムは断言した。
「そういった不正が入り込む余地は、この制度には無い。正確に言えば、そういった余地を入り込ませようとする者は政府関係の仕事には就けない。職業適応検査で篩に掛けられる。だから、この国ではかつて行われていた血筋による職業の斡旋もなければ、それに伴う政治への影響もない」
「完全に個人の能力だけを重視した制度ですか…」
俺は呟くように言った。
「そのような制度にあって、Mr.太宰。君という人間は稀有な存在だ」
「どういう意味ですか?」
「職業適応検査で高得点が出たにも関わらず、第1次産業に就く者など殆どいない。大抵の人間が政府関係、もしくは高度な知識を要する職業に就く。1度決めた職業は後から変更することができないのだから、当然だろう。だが、君は異邦人だ。この国の制度についてあまり分かっていないから、そのような選択をしたのではないかと思ってね」
ウィリアムの言葉で、俺が選択した職業について第3検査室のスーツ姿の女やウィリアムが、どうしてあのような反応を見せたのかを理解した。あれは、この国の制度において特異な選択をした俺に対する、奇異の目だったのだ。
だが、それ以上に気になることがあった。ウィリアムは俺の職業適応検査の結果を知っていた。それに、俺が選んだ職業についても。国家公安局員には個人情報を閲覧できる特権があるのかもしれないが、自身の情報を閲覧されるのはあまり気分の良いものでは無い。
「それで、どうだろう…。国家公安局に入る気は無いかね?」俺のことなどお構い無しに、ウィリアムは尋ねた。
「お断りします」
曖昧な返事をして希望を持たせないために、俺ははっきりと断った。
「そうか…。どうやらその意思は硬そうだ。ならば、これ以上は何も言わないでおこう」
「すみません」
俺はそう言って頭を下げた。
「しかし、職業適応検査で高得点を得たという事実は忘れないことだ。その事実はこの国にいる限り、必ず君になんらかの形で影響を及ぼすだろう」ウィリアムは笑みを浮かべて言った。やはり、その笑みにはどこか不気味なものが隠れていた。
「それで、『注告』というのは一体何ですか?」
俺は話を元に戻した。
「そうだな、『注告』の話に戻ろう。『注告』とはトカゲに気をつけろということだ」
「トカゲですか?」
「そう、トカゲだ。先ほども話した農村部での反政府運動。それは、ある反政府組織によって行われている。その組織の名前は、アジア人民解放同盟(APLL:Asia Peoples Liberation League)。そのリーダーと目されている人物が、通称トカゲだ」
「トカゲですか…」
不思議と恐怖を煽られない名前だと率直に感じた。
「なぜ、トカゲと呼ばれているか…。Mr太宰、君はトカゲの自切というものを知っているかね?」
「自身の身に危険を察知したトカゲが、その危機を回避するために尾を切断して逃亡する行為ですね」
「その通りだ。そして、アジア人民解放同盟のリーダーがやっていることがトカゲの自切だ」
ウィリアムの説明はあまりにも言葉足らずだった。
「よく分からないのですが…」
「奴は自身の身に危険を察知すると、部下を身代わりにして逃亡する。ちょうど、トカゲが尻尾を切断して逃亡するように」
「だから、トカゲですか…。でも、それだけなら直ぐに捕まってしまうのでは無いのですか?」
俺の問いにウィリアムは首を横に振った。
「例えば、農村部のある地域でアジア人民解放同盟による反政府運動が行われたとする。当然、国家公安局は鎮圧のためにその農村部に駆けつける。そして、アジア人民解放同盟のトカゲを含めたメンバーを全て連行したとする。通常でであれば、それで事件は終わりだ」ウィリアムはそう語りながら、指で机を一定のリズムで叩き始めた。机を叩くことで自身の心の調律を行なっているように見えた。
「しかし、直ぐに別の場所で反政府運動が始まる。そこでも、トカゲを指導者としたアジア人民解放同盟の反政府運動が行われる。国家公安局は再び彼らを捕えるが、また別の場所でアジア人民解放同盟による反政府運動が行われる。我々はそうやって、トカゲに永遠の鼬ごっこをさせられているんだ」
その話はトカゲの自切と言うよりも、ウイルスの増殖に近い話だった。ウイルスに罹患した者がたとえ治癒しても、別の者が発症しそれをまた治療する。異なる点があるとすれば、ウイルスには特効薬やワクチンがあるというところだ。
「なぜ、トカゲは増え続けるのですか?。その話では、常にトカゲの影武者を捕まえていると言うことですよね?。捕まえた影武者から本物のトカゲについて、情報を聞き出すことはできないのですか?」
「我々も影武者から情報を聞き出そうと手は尽くしている。だが、尋問をしても捕まえた影武者が、自分を本物のトカゲであると誤認しているという事実が分かるだけだ」
「どういうことですか?」
俺はウィリアムに詳しい説明を求めた。
「捕まえた影武者たちは、自分を本物のトカゲだと認識している。これが本物のトカゲの巧妙な手口で、そうやって自分を本物だと誤認した影武者を表に立たせることで、我々の捜査を撹乱させる。そして、その身に危険が及ぶと影武者を我々に差し出し、自身は別の場所に逃れ、その場所で再び反政府運動の狼煙を上げる」
「危険が近づくと、自分の分身である影武者を切り離す…」
「まさに、トカゲの自切だ」
俺の言葉をウィリアムはため息交じりに返した。
「つまり、あなたの言う『注告』とは、トカゲを指導者としたアジア人民解放同盟の反政府運動に気をつけろと言うことですね?」俺は改めてウィリアムに尋ねた。
「そういうことだ」
ウィリアムは深く頷いた。
これから農村部で働こうとしている俺には、重要な『注告』だった。だが、安心して仕事に従事するには情報が不足していた。
「僕が就労する予定のウレウル自治区にも、反政府運動の兆候はあるのですか?」俺は1番懸念していることをウィリアムに尋ねた。
「今のところ、そういった報告はウレウル地区から受けてはいない」
「それなら、とりあえずは一安心ですね」
俺は胸を撫で下ろした。
「だが、アジア人民解放同盟による反政府運動はいつも不特定の場所で行われる。活動拠点が無く、活動が行われる場所に法則性がないのが、アジア人民解放同盟の最大の特徴だ。だから、ウレウル自治区で反政府運動が起こらないと断言することはできない。何より、君は異邦人だ。異邦人が面倒ごとに巻き込まれることは、よくある話だ」
ウィリアムの最後の言葉は最もだった。異邦人である限り、トラブルはつきものである。それを最小限に留めるためには、やはり更なる情報が必要だった。
「2つほどお聞きしたいことがあるのですが…」
俺が遠慮がちに言うと、ウィリアムは「私が答えられる範囲であれば」と応じた。
「1つは、アジア人民解放同盟による反政府運動が、国民にどれだけ認知されているかについてです。より具体的に言えば、農村部に住んでいる国民が反政府運動を、どのように思っているのか知りたいです」
「もう1つは?」
ウィリアムは1つ目の問いに答える前に、2つ目の問いについて尋ねた。
「もう1つは、今までにアジア人民解放同盟による反政府運動が行われた場所を教えて下さい」
「ふむ…」
ウィリアムは顎を指で撫でながら、しばらくの間思案した。
「まず、Mr太宰の1つ目の問いに対する答えだが、アジア人民解放同盟による反政府運動に関する情報は、既に国民にある程度知れ渡っている。ただ、一般の国民が知っている情報は噂の域を出ない。混乱を避けるため、政府の方で情報操作が行われているからだ」ウィリアムは指を1本立て、俺の問いに答えた。
「そして、農村部に住む国民が彼らの活動をどう思っているかについては…、意見が分かれると言ったところだ。政府に不満がある者は彼らの活動に肯定的だとは思うが、そうで無い者は否定的だろう」
「農村部に住む国民が、政府に不満を抱くのはなぜですか?」
「それは、私の口から直接語る話では無い。実際にこの国の色々な側面を見て、君自身で判断した方が良いだろう」そう語るウィリアムの表情には、どこか冷徹さを感じた。
「そして、2つ目のMr.太宰の質問だが、私の立場から君にそれを教えることはできない。国家公安局の機密事項に関わることだ」ウィリアムは指を2本立て、2つ目の問いに答えた。
「そうですか…。では、仕方ないですね」
俺がそう言うと、ウィリアムは立てられた2本の指をスーツの胸ポケットに入れた。そして、ポケットから1枚のカードを取り出すと、指に挟んだそのカードを俺の目の前に置いた。
その時の俺には、それがなんの変哲も無いカードにしか見えなかった。だが、それはこの国において支配の象徴とも言えるファクターであることを知ることとなる。
ウィリアムと主人公の掛け合いが中心の回でしたが、互いが互いを信用し切れていないという雰囲気を拭えない回だったと思います。
こういった作品を書く上で、僕自身に政治や今の社会に不満があるのでは無いかと思われるかもしれないのですが、意外とその辺りに対する不満は無いです。それは、自分の力で変えられるものが現状では何も無いと思っているのが1番の原因かもしれませんが、それが僕のような若い世代の政治離れに繋がっていると考えると、ある意味では由々しき問題だとは思います。
真面目な話はここまでにして、少し次回の内容についても触れていきたいと思います。次回に関しても、ウィリアムとの掛け合いが続きます。表面上はウィリアムと主人公の会話はスムーズに進みますが、ウィリアムは典型的な組織(政府)の人間なので、主人公とは基本的には馬が合いません。そのちぐはぐさを楽しんでいただけると、とてもありがたいです。
8月がまだ初旬という恐ろしい事実を感じつつ、次回も暑さに耐えながら頑張って投稿していきたいと思います(泣)。
※次回投稿予定 2023年 8月9日(水)