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ウロボロスの物語(亡国の異邦人) 第1章ー5

今回が初投稿作品になります。読みづらい文章になっているかも知れませんが、誤字脱字等あればご指摘のほどお願いします。

本作品では人が亡くなる描写もあるため、苦手な方はご遠慮頂きますようお願いします。


 公安検疫室に辿り着くと、スーツ姿の女は元の場所へと戻って行った。公安検疫室の入り口は大きなガラス扉で閉ざされており、ガラス扉の直ぐ横には小窓と呼び出し用のインターフォンが備え付けられていた。


 俺はガラス扉の前に立ち、扉が開くのを待った。だが、扉が開く気配は無かった。仕方なく、インターフォンを鳴らして応答を待つことにした。インターフォンを鳴らし、しばらくすると小窓が開き制服姿の男が顔を出した。


「どうされましたか?」

制服姿の男は尋ねた。俺は自分の名前とここに呼び出された旨を制服姿の男に説明した。制服姿の男は「しばらくお待ち下さい」と言い、小窓を閉めた。


 5分ほどでガラス扉が開いた。中に入ると、制服姿の男が目の前に立っていた。


「第1検疫室にご案内します」

制服姿の男はそう言うと、公安検疫室の中を進んで行った。俺はその後を追った。



 公安検疫室の内部は薄暗い照明で照らされ、陰鬱な雰囲気を纏っていた。奥へと伸びる広い廊下には、いくつかの鉄扉があり、その重厚さは見る者を威圧させた。


 ガラス扉を抜けて直ぐのところにあった鉄扉の前で、制服姿の男は立ち止まった。その鉄扉の上には、『第1検疫室』と書かれたプレートが掲げられていた。


「こちらが第1検疫室になります。どうぞ中にお入り下さい」制服姿の男はそれだけ言うと、俺を残してその場から立ち去った。後に残された俺はどのように入室すべきか悩んだ末、鉄扉を2回ノックし反応をうかがった。


「どうぞ」

鉄扉の向こうから、低い男の声がした。俺は「失礼します」と言い、部屋の中へと入った。



 第1検疫室は壁も床も無機質なコンクリートで、部屋の奥にある鉄格子から薄い光が射していた。部屋の中央には机と机を挟んで2脚の椅子が向かい合わせに置かれていた。机の上には小さな黒い照明スタンドがあり、頼りない灯りが机を照らしていた。


 部屋の中には椅子に腰掛ける1人の男がいた。その男以外には誰の姿も無かった。


「掛けたまへ」

男は自分の向かいに置かれた椅子を見て言った。俺は言われるがまま椅子に座り、改めて男の姿を確認した。


 男は黒のスーツにベージュのトレンチコートを着ていた。スーツに下のシャツは首元のボタンが外れており、ネクタイもただ首に巻いているだけで形が崩れていた。顔の彫は深く、白髪混じりの黒い髪は見る者に年老いた印象を与えた。


「対テロ制圧第1課のウィリアム・ハルヴァー。ウィリアムで結構だ」ウィリアムはそう言って握手を求めた。


「太宰 精です…」

俺は警戒しつつも差し出された手を握り返し、自分の名前を告げた。


「さて…、なぜ自分が呼び出されたのか、君は理解できているのかね?」ウィリアムは問うた。


 ここに来るまでの道中、そのことに対してはずっと考えていた。だが、結局答えは見つからなかった。


 俺はウィリアムの問いに答えることができず、困惑した顔を見せることしかできなかった。


「わからない、というのが正直なところだろう」


「正直なところ全く心当たりはないです…」

俺は率直に答えた。


「先に断っておくが、何か入国時に不手際だあったからここに呼び出した訳では無い。安心したまへ」


 ウィリアムの言葉は更なる不安を掻き立てた。入国時の不手際であれば不備を訂正すれば良いだけの話であり、最悪俺1人でも対処は可能だ。そうでないとすれば、俺が対処できる領域を超えた問題だ。それに、国家公安局が出てくるということは、その問題には政治的な利権が絡んでいる可能性がある。要するに、かなりの面倒ごとを背負わされるかもしれないということだ。


「Mr.太宰…、今回君に来て貰ったのは、ある『注告』をするためなんだよ」


 ウィリアムは俺を、『Mr.太宰』と呼んだ。それに対して言いたいことはあったが、今はそれどころでは無かった。


「『注告』ですか?」


「そう、『注告』だ…。そうだな、君はどの程度この国の成り立ちについて知っているかね?」


「それはあなたの言う、『注告』と関係があるのですか?」


「ある意味では」


 ウィリアムはそれ以上は語らなかった。どうやら、俺がウィリアムの問いに答えない限り、話が前に進むことはないらしい。俺は自分が知り得るこの国の成り立ちについて話した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  【アジア社会主義連邦共和国の成り立ちと年表】


(西暦)          (事象)

2022年    ロシア連邦によるウクライナへの侵攻開

         始


2024年    ウクライナの北大西洋条約機構加盟に伴

         う欧州各国のウクライナ侵攻への参画


2025年    ロシア連邦と中華人民共和国による軍事

         同盟の締結と中華人民共和国のウクライ

         ナ侵攻への参画


2026年    ロシア連邦によるモンゴル、ウズベキス

         タン、北朝鮮、ベトナムとの軍事同盟の

         締結と各国のウクライナ侵攻への参画 


2027年    国際連合による侵攻に伴う核兵器、化学

         兵器を含めた非人道兵器の使用を禁止す

         る新たな条約の制定


2028年    侵攻参画国間の経済制裁による世界恐慌

         の発生


2029年    侵攻参画各国の経済破綻と国際連合によ

         る各国への一時停戦の発令


2029年    北大西洋条約機構の解体と加盟国間によ

         る新たな国家『大西洋統一連合(AUU:

         Atlantic Unification Union)』樹立の

         宣言


2029年    ロシア連邦と軍事同盟国間による新たな

         国家『アジア社会主義連邦共和国(ASF

         R:Asia Socialist Federal Republic)

         』樹立の宣言


2030年    アジア社会主義連邦共和国と大西洋統一

         連合による終戦協定と不可侵条約の制定


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ウィリアムは俺の話を時折頷きながら黙って聞いていた。


「君の説明は概ね正しい。そして、アジア社会主義連邦共和国の樹立後、この国の基盤となったのが職業適応検査による選択的職業制度だ」俺が話終えるとウィリアムは言った。


「それで、あなたの言う『注告』とは何でしょうか?」


 そう言うとウィリアムは俺の前に手を広げ、言葉を制した。


「君にこの国の成り立ちについて尋ねたのは、君が歴史をどのように捉えているのか確かめるためだ。なぜなら、君への『注告』にはこの国の歴史が深く関わっている」


 ウィリアムはこの国の歴史について語り始めた。


「職業適応検査による選択的職業制度が発足したのは、今から約15年前の話だ。ロシア連邦とウクライナの戦争から始まったNATO加盟国との小競り合い…、それが終わってまだ間もない頃だ。そもそも、この制度が発足した発端には当時の国内情勢が関係している。アジア社会主義連邦共和国は言わば軍事同盟を結んでいた国家間が、欧州各国の軍事勢力に対抗するために作られた国だ。それ故に政治思想や民族思想に差異が生じた。全ての国民がこの国の樹立に納得していた訳では無かったということだ。そういった国民は武器を持って政府に反旗を翻した。それは、内戦の手前まで進んだ。そんな混乱を収めるには強力な制度が必要だった…」


「それが、職業適応検査による選択的職業制度ですね?」


「その通りだ。ところでMr太宰、国家を統治する制度に必要な条件とは何か分かるかね?」ウィリアムは身を乗り出し問うた。政治家でも無い、ましてやこの国の国民でも無い俺にそんな質問をする意図が分からなかった。


「強いて言うなら…、『柔軟性』と『普遍性』です。政治、経済、軍事…、およそ国家運営に関わるものは社会情勢と世論に影響を受けます。国家を統治するのであれば、それらを安定させる必要があります。制度という形で安定させるためには、その制度がどのような変化にも適応できる『柔軟性』を持ち、制度が絶対的な権威を持ち続けることのできる、『普遍性』が必要です」俺は慎重に言葉を選び答えた。


「『柔軟性』と『普遍性』か…。なかなか良い答えだ。だが、それらは互いに反発する性質を持っている。その2つを両立させるのは難しいのではないのかね?」


「僕もそう思います。でも、人間が作った制度には必ずどこかに矛盾や欠陥が生じます。それらを補填し、『柔軟性』と『普遍性』を両立させることが、制度を管理する者が成すべきことだと思います」


 俺が話終えるとウィリアムは「ふむ…」と呟き、椅子に深く腰掛け上を向いた。しばらくの間、ウィリアムは天井を眺めながら俺の言葉を吟味していた。



「すまない。話が逸れてしまったな」

ウィリアムは正面に向き直り言った。ウィリアムは何事も無かったかのように再び話し始めた。


「とにかく、そんな混乱の只中に産まれたのが職業適応検査による選択的職業制度だ。しかし、それは最初から国民に快く受け入れられた訳では無かった」


「僕が日本で調べた内容とかなり異なりますね…」


 俺は日本でこの国の成り立ち、文化、言語…、あらゆる情報を調べた上で入国した。無論、それには職業適応検査による選択的職業制度も含まれていた。俺が調べた限りでは、国民が自ら望んでこの制度を受け入れたことになっていた。


「驚くのも無理は無い…。職業適応検査による選択的職業制度が成立する前の歴史は、言わばブラックボックスだ。国外に情報が漏れないよう政府によって情報統制された。だが、結果としてこの制度は国民に受け入れられた。国民にとって重要なのは政治がもたらす結果であり、過程は結果の副産物に過ぎない」


「なんとなく、分かる気がします」


「そうか…。なら、制度を受け入れられなかった国民がどういう手段を取ったのかも分かるかね?」それは、悩む必要もない単純な問いかけだった。


「反政府運動ですか?」


「平たく言えば、そうなる。当時は国内での武器の規制もそこまで厳しくはなかった。反政府組織が武器を持ち、政府の人間だけでなく制度を受け入れようとしている国民を虐殺することもあった。しかし、政府としてもそういった者が現れることは想定していた。そして、その対策も…」ウィリアムは一層声を低くして言った。それが、次に語られることの重要さを物語っていた。


「反政府組織は政府によって選出された兵士によって速やかに制圧された。そして、政府によって選出された兵士が反政府運動を収めたという事実が重要だった」


「その兵士とは、職業適応検査による選択的職業制度で選ばれた兵士ですね?」


「その通りだ。Mr太宰、君は頭の回転がとても早い」

ウィリアムは口元に薄い笑みを浮かべて言った。


 ウィリアムはどこか表情に乏しい男だった。そんな男が見せる笑みには、不気味なものがあった。


「職業適応検査による選択的職業制度で選ばれた兵士たちは、瞬く間に反政府組織を鎮圧していった。そして、職業適応検査による選択的職業制度が発足してから3年ほど続いた反政府運動を終わらせた。その間、兵士たちは国民への被害を最小限に抑えた。その鮮やかな手際を目の当たりにした国民は、職業適応検査による選択的職業制度の有用性を認識し、制度を受け入れていった。その後、数年は表だった反政府運動も無く、穏やかな時間が流れた…」ウィリアムはそこで口を閉ざした。


 数秒の沈黙がその場を支配した。その沈黙は時間が引き延ばされたかのように長く感じた。



「実は10年ほど前から、農村部を中心とした反政府運動が活発化している。そして、それは少しずつ確実に広がっているんだ…」ウィリアムは沈黙を破り言った。


 『注告』がようやく始まろうとしていた。

ようやく主人公以外のネームドキャラクターが登場し、物語が少しづつ進んできた感じがします。

基本的にネームドキャラクターたちが主人公に良くも悪くも影響を与えるのですが、このキャラクターは主人公にとってどのような存在になるのか、楽しみに読んで頂けるとありがたいです。

ぶっちゃけ、前回、前々回の投稿で僕はかなり重大なミスを見つけ、それの修正に追われていました…。

それでも、読みにくい部分があるようでしたら教えて頂けるとありがたいです。

今年はかなり暑い夏になる…、と言うか、かなり暑い夏になっておりますので体調にはお気をつけ下さい。

そろそろ土用の丑の日ですが、僕は子供の頃土曜の丑の日なのに、なぜ土曜でない日に牛ではなく鰻を食べるのだろうとずっと思っていました。無知ですね。

うなぎは高くて、今年も食べられそうにないなー(泣)。


※次回投稿予定 2023年 8月5日(土)

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