持続不可能な友情
月乃は、自称「女性」だった。見た目は草食ってそうなサブカル男子だったが、心は女だという。戸籍上の名前は、「栗原龍太郎」だったが、名前も自分で選ぶと主張していた。月乃というには、彼女(彼?)が自分自身でつけた名前だったりする。
そんな月乃と私はすぐに仲良くなってしまった。私も地味な陰キャとして浮いていたし、バイト先の先輩に片思いを拗らせていたので、月乃によく相談に乗ってもらっていた。
カフェはもちろん、カラオケなどの密室もよく行った。
何しろ月乃は見た目は男だったが、心は女だというので、同性と会っているような感覚が全くなかった。
今日も二人で、高田の馬場でお茶してとあるレストランに向かっていた。ちょうどお昼だったが、どこで食べたらいいか迷っていたが、月乃がオススメの店があると杏奈してくれた。
その店は一見、普通のカフェのようだったが昆虫食専門レストランだった。コオロギのペペロンチーノや蝉の抜け殻パフェなど、恐ろしいメニューが並んでいた。
メニューにある写真からして閲覧注意レベルだったが、案外店は混んでいた。店には女性芸能人のサインやインタビューを受けた雑誌記事なども飾ってある。
「悠香、昆虫食は流行ってるのよ」
月乃は野太い声で言った。心は女性だったが、声は男性だった。腕や指、首なども男性そのものだったが、心は女性だと言い張っているから信じる他ない。
「そうなの?」
「そのうち食糧危機になるらしいわ。昆虫食はエコや、エコ……」
「信じられない」
戸惑っている私は無視し、月乃はコオロギのペペロンチーノをうまそうに食べていた。私も蛆虫のサンドイッチを注文したが、どうにか咀嚼して飲み込んでいた。別に美味しくはなく、どちらといえば逆方面な味わいだったが、ここで何か文句を言ったら「差別主義者」のようなレッテルを貼られそうで怖かった。それに月乃は、私の恋愛の悩みをよく聞いてくれたし、心は本当に女性のように感じて安心はしていた。
そんな月乃と付き合っていたある日、同じクラスの松田瑞樹に声をかけられた。成績優秀な優等生で、クールな雰囲気な人だった。黒髪ストレートがよく似合っているが、ちょっととっつきにくい雰囲気は否めない。
瑞樹に誘われて学校の側にある英国風のカフェで、ケーキやスコーンを食べたが緊張してしまう。
「ところで何で私を誘ったの? 私とあんまり仲良くないよね?」
温かい紅茶を飲みながら、瑞樹に聞いた。瑞樹は大きな目で私を見て、小さく頷いた。
「悪いけど、栗原龍太郎とは付き合うのは辞めた方がいいと思う」
「なんで? 月乃が何か問題?」
「大問題よ。あの男、自称女性と言いながら、女性を騙して性犯罪をやってるの。身内が刑事でね、気をつけるよう特別に言われてるの。証拠もあるみたい」
「え……」
信じられなかった。
「差別じゃないのよ。心が肉体違う性別で苦しむ人がいると思う。そういう人に言ってるんじゃない。悪用している連中に言ってるのよ。世の中には人の善意や良心を利用するゲスい人間もいるからね。十分、気をつけて」
瑞樹はそう言い、優しく微笑んだ。
後日、月乃は本当に逮捕されてしまった。心を女性だと言い、知的障害がある女性達を騙し、性的な暴行を加えていたという。私もターゲットにされていたと刑事に教えて貰い、身の毛がよだつ思いだった。
こうして私と月乃の友情はあっけなく崩壊してしまった。こんな結末になるとは、二度と忘れない友達になってしまった。
「悠香、今日の放課後はカフェでお茶しましょう」
その代わり、瑞樹とは仲良くなってしまった。クールな見た目と違いカフェやスイーツが好きで、食の趣味は私とよくあった。やっぱりコオロギや蛆虫よりクリームたっぷりなケーキ、サクサクなスコーンやクッキーの方が好きだ。
「いいね、瑞樹。一緒に行こう!」
私は笑顔で頷き、瑞樹と一緒にカフェへ向かった。