hear crickets
私は2019年の1月に事故に遭い、それから3年ほど眠っていた。
2022年の1月に目が覚め、1年ほど病院でリハビリした後、仕事に復帰した。私は学校給食を作る仕事をしていて、主に野菜や肉を刻み、食器を洗っていた。いわば補助的な仕事だったが、上司の温情で職場復帰ができた。何でも同僚が次々と仕事を辞めていて、人手不足だという。
「え!? 今日の給食ってコオロギの煮付けなんですか?」
私は上司に問い詰めた。
2019年から3年間眠っていたが、世の中はかなり変わっていた。みんなマスクをしているし、アクリル板も珍しくない。
どうにか頭では理解したいが、上司は男性から女性に性転換していた。性自認が肉体と異なり、手術をしたそうだ。別にこういった人は珍しくなく、女湯、女性専用車、女性更衣室、女性トイレも差別だからと撤去されていた。それを悪用した性犯罪も増加し、肉体と心が両方とも女性の人は、銃を携帯する事が許可されていた。この職場の更衣室も撤去され、仕方なく家から調理服を着て出勤していた。
それだけでも驚きなのに、給食のおかずが毎日昆虫だった。コオロギの煮付け、コオロギのパスタ、コオロギのパンケーキ、コオロギのハンバーグ、コオロギの味噌汁……。毎日毎日コオロギ漬けで、まるで今の世界ってSF小説のよう。異世界ラノベのマズい料理を全く笑えない。今の給食は異世界のメシマズ料理以下ではないか。異世界人が今の日本に来たら腰を抜かすだろう。
「まあ、あなた! 何て事いうのよ!」
上司は野太い声で叫んだ。性転換手術は、喉はまだやっていないらしい。
「コオロギを食べる事で救われる命があるんですよ! 環境や人に思いやりをもちなさい! あんたなんてクビよ! この反コオロギの陰謀論者! 多様な価値観は認めるけど、私の邪魔をする陰謀論者の価値観だけは認めないわ!」
「要するに自己中って事ですか? 多様な価値観=少数派で可哀想なワタシだけを認めろって事ですね。それって本当に多様性ですか?」
「クビ! クビよ!」
こうして私は、仕事がクビになった。
お金もなく、町を彷徨ったが、スーパーもコンビニもコオロギ料理ばっかりだった。まるでコオロギを食べない人は環境破壊をする非人間のような扱いだった。コオロギパスポートというのがあり、難関の国家資格・コオロギ検定を取らなければ入店出来ない店もあった。コオロギを食べない人は低学歴で低賃金のアタオカのレッテルを貼られていた。
テレビでは一流のコオロギ料理シェフが取り上げられ、雑誌では昆虫食レストランや昆虫食カフェがトレンドだと特集されていた。芸能人や医者が「コオロギやゴキブリはダイエットに良い」と言うと、翌日スーパーの昆虫コーナーが空になっていた。
そんな折、友達の月奈に声をかけられた。月奈は入院中の私にも毎日のように千羽鶴を送って励ましてくれた人物だ。見舞いにはコロナが怖いらしくて一度も来なかったけど。私の家には大量の千羽鶴があり、住空間を圧迫していた。捨てたら逆ギレされそうだし、段ボール箱につめたまま放置していた。
「昼ごはんを作ったよ。食べてみて」
月奈はオムライスを作って、私にご馳走してくれた。
「ありがとう、月奈」
オムライスにさくっとスプーンを入れる。
「いやああああああああ!」
思わず叫んでしまった。オムライスにはケチャップご飯ではなく、コオロギの煮付けが詰まっていた。
「何でコオロギを認めないの? この反コオロギの非国民! 陰謀論者! あんたは思いやりがないの?」
「いや、人間に食べられるコオロギに思いやりを持っているだけだよ。それに健康に悪そうだし……。好きな人が個人的に楽しむだけで良くない?」
「コオロギが健康に悪いっていう論文や科学的エビデンスはある? 食糧危機や地球への思いやりもないの!? 家族の為にみんなの為に持続可能な地球の為に思いやりコオロギを食べなさい! コオロギを食えええええええ!!!!!」
私は一目散に月奈の家から逃げた。
そんな私は、友達を失ってしまったようだが、特に後悔はなかった。